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蒼色の月 #30 「無断外泊②」

電話に出たのは義父だった。

「お義父ですか?昨日、健太郎さんと女の人のこと話し合ったんです。そしたら健太郎さん、ちゃんとわかってくれて女の人とはちゃんと別れるって。私にも子供達にも申し訳なかったって。私たち仲直りできたと思ったんです。だけど健太郎さん、夕べ帰ってこなくってそちらに泊まったって聞いて」

「健太郎は夕べ間違いなくうちに泊まった。だからそれは心配するな。今夜も泊まるって言ったら責任を持って預かるから。健太郎の気持ちが落ち着くまで、ちゃんとうちで預かるから大丈夫だ。ちゃんと家に帰るように女とは別れるように説得するから。約束する」

力強い義父の声。

「昨日健太郎さん、わかってくれたんです。どうかしてたって。女とは別れるよって。昨日も遅くなるけど帰ってくるって言って家を出たんです。それが急に帰って来なくなるなんて、昨日なにかあったんでしょうか」

暫く黙っていた義父が口を開いた。

「……女だよ。同窓会の帰り、健太郎は女と会ってお前と話し合ったことを女に話したんだ。だから別れたいって。もう終わりにしなくちゃならないって」

「そうなんですか」

「そしたら女が逆上して、二人の関係が奥さんにばれたんならもう家には帰る必要ないだろうと。奥さんと別れて私と一緒になるって約束しただろうって強く女に言われたらしい」

そもそも妻子ある男と付き合っていたのだから、こんな結末も想定内ではないのか。

「奥さんにばれたんなら、もう一刻も早く離婚して私と一緒になれって言われたんだ。私とこんな関係になった責任を取れって、女が」

義父が気まずそうにそう言った。

「責任をとれって…既婚者だってわかっててその女は不倫してたんですよね。そんな勝手なこと!」

「女が責任を取らないなら訴えるって言ってるらしい」

「訴える?あっちが?私がじゃなくて?」

「健太郎、もう麗子とは別れろって、脅されたり泣かれたり、とにかくだいぶ詰められたみたいでとりあえずうちに帰って来たらしい」

「麗子、正直お前がいなくちゃ事務所は困る。お前がいなくちゃ事務所はたち行かなくなる。それは俺だって困るんだ。健太郎はちゃんと諭してお前のところに帰すから。だからお前は事務所を頼む。健太郎の事が噂になっているせいで、最近仕事が減っているだろう?実はこの前、俺はメインバンクに呼び出された。健太郎の不倫の件だった。このままいったらいつか、事務所は潰れる。そしたら子供達の進学も無くなるんだぞ。お前だってそれは困るだろう?だからなんとか事務所で踏ん張ってくれ。健太郎が正気に戻るまで。健太郎はそれまでちゃんとうちで預かって話して聞かせる。約束するから今は堪えてくれ。もう俺も麗子だけが頼りなんだ」

確かに、夫の不倫が世間に知られるようになって仕事が減った。田舎の小さな街では、こんな話は面白おかしくすぐに広まってしまう。

事務所を守ることは、浅見家を守ることであり、それは子供達の生活を守ることでもある。
私が事務所を守ろう。
何よりも大事な子供達を守るために。
子供たちの生活と心を守るために。

「わかりました。お義父さん、私子供達のためになんとしてでも事務所と家を守ります。だからお義父さん、もし今夜も健太郎さんがそっちに行くようならよろしくお願いします」

「よし!麗子、よく言った!くれぐれも事務所を頼むぞ」

力を貸してくれると言った義父の言葉が私の心を強くした。
私を大事と言ってくれた義父の言葉が私に力をくれた。

なにがなんでも、設計事務所と子供たちは私が守る。夫が正気に戻るまで。



しかし
私にそんな約束をした義父に既に裏切られていることを
この時の私はまだ私は知らないのだ。



mikotoです。つたない記事を読んでいただきありがとうございます。これからも一生懸命書いていきたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします!