見出し画像

パズルのピース(1)

20年前ぐらいになるが、事務のお仕事をしていた。

最初は研究職のおじさん達の出張の旅費の手配や、お茶を出したりのんびりとした仕事だったが、人事に異動になるとすぐ150名近くの従業員の通勤費計算、定期券の現物支給、生命保険や保養所の申し込み、郵便物の仕分け、受付3役と言われる役職の人達のお世話などを担当した。人事の仕事は、短大で『秘書学』という授業があって、なんだか面白かったので、そこに近い感じがして自分に合っていたように思う。

同じように短大の前期の3ヶ月間ぐらいに簿記の授業があったのだが、おじいちゃんの割に早口で(先生のせいにすな)ちょっと理解出来ないままあっという間に過ぎて行った。借方、貸方…借りてる方はどっちだ?右?左?手形って何だ?

商業高校出身の子は、簿記を3年間じっくり教わったので、100点をとっていて、普通科出身の私と、友達は、「意味分からんから教えてー!」と言って下北沢の友達のマンションに簿記を教えてもらいに泊まり込んだ。結局友達の家にある泡立てマシーンで生クリームを泡立てて、ケーキをみんなで食べて、飲んで、ちゃんぽんして翌日気持ち悪くなるという事をした。

人事で働いて2年ぐらい経つと、結婚で辞めて行く女子の穴埋めに私があてがわれる事になった。私が人事に来た時に経理をしていた40代くらいのAさん(おじさん)の下で私の同期の女の子が経理をしていて、後ほどこの同期の女の子の結婚退職の穴埋めに私が行く事になるのだが、このAさん、声がとにかく大きい。独り言も課の全員にきこえる。Aさんの席では全体の予算管理をしているのだが、私は人事に異動してきた時に前任の人が教えてくれていなかった「通勤費の予算を共通フォルダに入れる」という仕事がある事を、「あれ?おかしいな、通勤費が入力されてないなー、課長、通勤費が入力されてないんですよね!」というAさんのデカい独り言で知った。遠回しの確認だったんだろうが、直接言ってくれても良かったのに。そして、Aさん、電卓やPCを叩く音が半端なくデカい。そして大きな独り言を言って誰よりも遅くまで残業していた。

そしてこのAさんが異動になったあとにBさんが配属された。Bさんは右手で何かメモをとり、左手で電卓で億単位の数字をものすごいスピードで打ち込んでいく。Aさんが毎日毎日1番遅くまで残業をしていたのに、「Bさんは配属されてから全然残業しないんだよ!」と同期の女の子がびっくりしていた。

そしてこの同期の子が結婚退職するので私がBさんのもとで働くようになったのだが、他に2人女の子が辞めてしまうのでその子達の仕事も引き継ぎ、前の仕事も後任の子に教えていたので、キャパオーバーになり、精神的に参ってしまった。「全部は引き継ぎ出来ない、もう退職したい…」と課長代理に言うと、仕事を減らす事は出来るが、私に辞められたらどれだけの人に迷惑がかかるんだと言われた。課長に言っても同じだった。その数ヶ月で課長も課長代理も異動になり、また新しくきた課長と課長代理にも話したが、異動したり、辞めさせてくれたりはしなかった。

Bさんは、その間、私の負担を減らす為にほとんどの経理の仕事を1人でサクッとやってくれていた。それでいて残業したりはしないのだ。隣の席のBさんに心底尊敬した。「Bさん、私短大で簿記3ヶ月だけ勉強したんですけど、完全に理解出来なかったんですよね。Bさんに負担をかけてしまって本当に申し訳ありません。」そう言うと、

『俺は、商業高校出身だし、経理を他の事務所で2回ぐらい経験したし、経理が得意なんだよ。得意な事や好きな事やってるから、全然苦しくないんだよ。

と言ってくれた。Aさんに以前通勤費を入力してなくて注意された事も話したら、

『あいつはねー、不安だったんだと思うよ。元々経理得意な人間じゃないからさ。人には得意な分野ってものがあるからさ。人事の人間がそれをきちんと見極めて、きちんと配属するのが本来の姿なんだよね。

と言ってくれた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?