理不尽

五条祐介は最近、関西の高級焼肉店でバイトしている。ドリンクを作るのが担当だ。居酒屋のように裏で作るのではない。バーテンのように客の前で作る。姿勢や手つきに神経を使わなくはならない。正面の席に客が入ると、肉を焼く仕事加わる。忙しい日は気疲れするが、同時にやりがいも感じれる。

女店長M氏は、おかめに似ている。厚化粧で顔が白く、目は線である。M氏は仕事をテキパキこなす。普段はとても優しい。ただどんな人にも欠点はある。M氏は忙しさに比例して段々不機嫌になっていく。不幸にも、人は忙しいほどミスが増える。アルバイトの従業員は、おかめが鬼に変わっていく恐怖を何度も味わっている。

I氏という、祐介の好きな社員もいる。気さくでノリがよく、友達のような上司だ。少し中村倫也に似ているが、より似ているのはウマだ。祐介を可愛がってくれている。

入って3ヶ月ほど経った。その日は週末で忙しかった。祐介も慌ただしくバタバタしている。ドリンクを丁寧に作り、炭を用意し、肉を焼き、片づけをする。
向こうの持ち場からおかめが水を要求してきた。祐介は耳があまり良くない。個数までは聞き取れなかった。側にいたウマ倫也先輩に聞いてみると、2つだと言う。急いで作って、向こうの持ち場に持って行った。しばらくするとおかめがやって来て、水がなにやらと早口で文句を言って去った。
祐介は作業に夢中で、また聞き取れなかった。おそらく水が足りなかったんだろうと思って、急いでもう2つ作り始めた。

するとすぐに、鬼の形相でおかめがやってきた。「何してんのこれ?水は1個でよかったの!」とブチ切れながら戻っていった。
祐介は理不尽にキレられるのが最も嫌いだ。彼は一瞬でこう悟った。
『水は1つでよかったんだよ、とちゃんと冷静に伝えてくれれば、こうはならなかった。忙しさに己で不機嫌になって、きちんと報告しないおかめが悪い。俺は悪くない』
おかめの理不尽に対して、義憤に燃えた。隣にいた社長に聞こえるようにこう言った。「あんな顔で怒ることじゃなくないですか」
何も知らない社長は、何があったのかと聞いてきた。おかめの非を社長に説明しようとして、祐介は少し冷静になって考えた。

元はと言えば、原因はウマ先輩にある。先輩が2つと言わなければ、おかめに聞きに行っていた。でも好きな先輩のミスを告げ口したくはない。もしおかめを裁判にかけたら、先輩を巻き込んでしまう可能性がある。社長に報告するのは諦めねばならないと悟った。熱い想いをこらえると、祐介の目に涙が滲んだ。
「いや、大丈夫です。すみません、俺が悪かったんです」

営業終わりに、おかめから謝罪のLINEが来た。
「ウマ先輩のミスなのに、祐介くんに怒ってしまってごめんなさい。うんぬん」

祐介は深いため息をついた。

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