虹色のはちみつ

「お母さんなんて大嫌い!」
「お母さんだってにんじん嫌いなくせに!」
「そんなこと言うなら、食べなくていいわ!おうちも出て行きなさい!」
「分かった!家出しちゃうんだからね!」
タカシとリカは、お母さんとケンカをして、家を飛び出しました。
仕事を終えて帰ってきたお母さんは、いつものように夕ごはんを作ってくれました。ふたりとも、おなかはペッコペコ。でも、今日の夕ごはんは、ふたりの大嫌いなピーマンの肉詰めとナスの煮浸し、おまけにきのこのたっぷり入ったお味噌汁だったのです。
「わざわざ嫌いなものだけ作るなんて、お母さんってなんて意地悪なんだろう…」
夕日が沈みかけた道をとぼとぼと歩いていると、向こうから腰の曲がったおばあさんが歩いてきました。
「おやおや、こんな夕方に子どもふたりきりで、どうしたんだい。」
おばあさんは、不思議な色のマントを羽織っていました。マントは赤くなったり、黄色くなったり、白くなったり。見るたびに色が変わるのです。でも、不思議とおばあさんには少しも怖さを感じません。マントがひらりと動くたび、お日さまのようなふんわりした匂いが、ふたりの鼻をくすぐるからでしょうか。タカシとリカは、次々にお母さんの文句を言いました。するとおばあさんは、
「それは大変だったねぇ。ふたりともおなかがすいているんじゃないかい。」
と言って、マントの中に手を入れ、小さな瓶をコロンと取り出しました。中には、水飴みたいな何かが、虹色に光っています。
「ホッホッホッ!これはねぇ、『虹色はちみつ』っていうんだよ。ミツバチに頼んで特別に作ってもらったんだ。どうだい、一口なめてごらん。」
と、木のスプーンいっぱいに、小瓶から虹色はちみつをすくってくれました。なめてみると、口の中がポカポカと温かくなりました。コクンと飲み込むと、おなかの中にも温かさが広がります。
「あ!お兄ちゃんのお口、真っ黒!」
「え!リカの口も真っ黒だよ!」
「おやおや、お口が黒くなったのかい?虹色はちみつはね、嘘をつくと口が黒くなるんだよ。ふたりとも、お母さんのことが大嫌いで、帰りたくないそうだけど、どうやら嘘みたいだね。」
「嘘じゃない!お母さんなんて大嫌いだ!」
「そうだよ、帰りたくない!」
すると、今度は口が黒く光りだしました。
「はちみつはお母さんのこと大好きって教えてくれているね。それともうひとつ、とっておきの秘密があるんだよ。それはね、虹色はちみつをみんなで食べると、仲直りができるんだ。嘘じゃないよ。ほら、私の口は黒くならないだろう?」
そう言って、おばあさんが虹色はちみつを口に入れると、おばあさんの口は白く光りはじめました。
おばあさんは、虹色に光る小瓶を、タカシの手のひらにそっと乗せて言いました。
「さあ、ふたりとも、これを持っておうちにお帰り。」
タカシとリカは顔を見合わせて言いました。
「どうする?帰って確かめてみる?」
「うん…そうだね。」
「おばあさん、ありがとう。」
ふたりがおばあさんの方を振り向いたとき、おばあさんはもうどこかに消えて、あたりはすっかり暗くなっていました。
勇気を出して家に戻ると、お母さんはまだプンスカプンスカ怒っていました。
「あら!もう帰ってこないんじゃなかったの。ごはんは下げちゃいましたからね。」
リカはかまわずお母さんに飛びついて、お母さんの顔を両手で包み込みました。
「いやだ。リカの手。なんでこんなにベタベタしているの。わぁ、甘いじゃない!」
リカは虹色はちみつを、手のひらいっぱいに塗りたくっていたのです。
「あ!虹色に光ってる!」
3人の口が、虹色にキラキラ輝き始めます。
「大嫌いって言ってごめんね。」
「お母さん大好き。」
「お母さんも、タカシとリカが大好き。出て行けなんて言ってごめんね。」
言えなかった言葉が、流れ星のように口からこぼれ出てきます。
「今日のごはんはね、お母さんどうしてもふたりに食べてもらいたかったの。あのね、『虹色の塩』を手に入れたのよ。この塩をかけると何でもおいしくなるんですって。」
「え?それって、もしかして…」
「ねぇ、お母さん!お日さまの匂いがする、マントのおばあさんからもらった?」
「あら?なんで知っているの?」
今日の夕ごはんは、ごちそうの予感です。


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