猫を飼うなんて

兄が帰ってきてから、猫が落ち着かない。


兄は大学進学と同時に地方で一人暮らしを始めたので、実家を離れてかれこれ10年ほど経つわけだが、迷い猫が家にきた5年前、なぜか私と同時期に就活中だった兄も実家に戻ってきていて、家族全員が揃っていた。


朝から雨が降っていて、7月なのにクソ寒い1日で、出かけるときからちっちゃい猫が庭で泣いているのはみんな気付いていたけど、動物を飼ったことがない我が家は、まさか家に入れるとか餌をやるとかの発想はなく、ただみんなよくある光景のひとつとして、ただ小さすぎるのに親猫いないな〜くらいで眺めて出かけた。


夜になっても雨は止まず、4人家族のうち3人が帰宅してもなお、朝と同じ場所で猫が鳴いていた。朝から泣き続けたのか、声が枯れていた。

可哀想になって、うっすら、この子このままだと死ぬのかなとも思い、私と母でダンボールの中に猫を入れて、近所でよく野良猫の世話をしているひとのところに連れていった。預かってもらえるだろうと、期待しながら。

近所のおばさんは、温めたミルクを出してくれて、じゃあ私たちはここで…と思ったときに、「このままじゃ死んじゃうかもね。今夜は家に泊めてあげて、明日病院に連れて行くか、放すか決めたら?」と言われた。

それを言われて置いて行くわけにもいかず、夜も遅いので他のお家を尋ねるわけにもいかず、仕方なく家に戻って、玄関に猫を入れ、全員で父の帰りを待った。よりによって父は仕事の人と飲んで帰ってくる日だった。

父に事情を話し、家族の総意で、この日は家で過ごさせ、翌日病院に連れて行くことにした。両親も私も、動物を飼うことがなんとなく怖く、「触ったら飼わなきゃいけなくなる」と思ってビクビクしていたが、兄は猫を側に置き、一緒に寝た。


翌日、私と兄は就活に出かけ、両親は病院に連れて行くために、ゲージを買った。

慣れてなさすぎて、赤ちゃんを入れるにはでかめのゲージを買ってしまい、それに入れて病院に連れていったら、隣にいた高そうな犬を連れたお上品なおばさまにじろじろ見られて、ただでさえ慣れていない動物病院の中で小さくなっていたらしい。

病院で一通り見てもらって、ダニかなんかの駆除の注射をする前に、先生から「この子を飼いますか?」と聞かれたようだった。

あとから聞いて、そう聞かれると、はい以外の答えがないよな、と思っていたが、両親も同じだったらしく、結局その病院で、我が家は猫を飼うことに決まった。私も兄も、家に入れた時点で飼うことに同意したようなものだったし、両親の決定に、異論も違和感もなかった。


そのあとすぐ、兄は就活を終え、大学のある地方に帰っていき、就職してすぐ海外駐在が決まったので、猫と暮らしたのは、本当に最初の数週間だった。むしろあの時家族全員が揃っていたのが、奇跡だなと思う。


猫は赤ちゃん時代の、兄に世話された記憶はほぼないのか、年に1回帰ってくるタイミングで、いつも最初はビクビクして、慣れてくると、「みんな!知らない人がやって来ましたよ!」「なんか堂々と家でくつろいでますよ!」と毎回私たちに教えてくれている。


今、海外から一時帰国中の兄は、これまでではありえないほどの期間、実家にステイしている。

猫はいい加減慣れたのか、ときどき兄の足の匂いを嗅ぎにいったり、たまに様子を見ながら足元に寝てみたりしている。成長である。また会わない時間があると、振り出しに戻っちゃうんだろうけど。


まだちょっと怖いのか、兄の部屋の様子を知りたいときは、隣にある私の部屋に来る。その度に、「あの人は、私のお兄ちゃんなの」「一番最初に助けてくれたひとだね」「この音はギター。生で聞くのは初めてだね」などと色々と話している。親バカだが、非常に賢い猫なので、多分私の言葉を理解している気がする。兄が駐在先に帰るまでの間、(いつになるかわからないけど)、どうか兄に感謝を伝えてあげてほしいなと思う。


猫はいつも、身体全体から熱気を放っている。幼い頃、父はよく、「お前の頭からはいつも湯気が出ている」と嬉しそうに私の頭に手を乗せていたけれど、幼い動物はみんなそうなのかもしれない。かわいい。生きているね。。。

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