THE PHANTOM TOWER

ふたごのマルとコムが引っ越してきたブリュンヒルト・タワーには13階がない。古い建物なので不吉な数「13」が使われていないのだ。ところが、毎日13時からの1時間だけ、13階があらわれることがわかった。ブリュンヒルト・タワーの住人が死後に住む、ファントム・タワーへの入り口だ。ふたつのタワーにかけられたのろいを解くため、マルとコム、そして同じくブリュンヒルト・タワーに住むタミカが奮闘する。

作者:Keir Graff(キア・グラフ)
出版社:G.P.PUTNAM'S SONS(アメリカ/ニューヨーク)
出版年:2018年
ページ数:270ページ(日本語版は~300ページ程度の見込み)
ジャンル・キーワード:ファンタジー(異空間)、家族


おもな文学賞

・シカゴ・トリビューン児童文学賞受賞 (2018)

作者について

1969年モンタナ州生まれ、シカゴ在住の作家で、アメリカ図書館協会(LAL)発行の雑誌「Booklist」の編集者。児童書と大人向けの作品数点を発表している。邦訳はない。

おもな登場人物

ブリュンヒルト・タワーの世界
● マル・マクシェーン:12歳の男の子。成績優秀で、現実的・理論的に考える。読書好き。ブロックで建物や町を作るゲーム〈マインクラフト〉にハマっている。コムとは一卵性双生児で、母親はふたりをまとめて「マルコム」と呼ぶ。
● コム・マクシェーン:本書の語り手。マルとはふたご。コムのほうが1分半遅く生まれた。マルとは対照的に感情的で、迷信深いところがある。ふたごのテレパシーが通じるようになりたいと思っているが、マルは相手にしてくれない。父を失った悲しみから抜けだせず、父の形見の時計と携帯電話を手放せないでいる。
● タミカ・ジャクソン:ブリュンヒルト・タワーに住んでいる女の子。読書好き。
● パーカー教授:毎日ブリュンヒルト・タワーを訪れるシカゴ大学の教授。マルコムの母の新しい職場の上司で、ブリュンヒルト・タワーを紹介してくれた。
● プリンセス・ベロニカ・マルガリータ:ブリュンヒルト・タワーの最上階(17階)に住む。たくさんの猫と暮らしている。シルダビアの王女だが、現在その国はない。外国のアクセントで話す。

ファントム・タワーの世界

● テディ:ファントム・タワーの1304号室(ブリュンヒルト・タワーでマルコムが住んでいる1404号室に相当)に住む男の子。
● ビンセント・クレイフィッシュ:1930年にブリュンヒルト・タワーを建てた不動産でありオーナーだが、破産を苦に屋上から飛び降りて死んだ。妻のプリンセス・ビビアンと17階に住んでいる。プリンセス・ベロニカの父。
● レンガ職人ジョン:ブリュンヒルト・タワーとファントム・タワーを建てた職人。ファントム・タワーにしかない18階に住む。パーカー教授の父。飛び降りたクレイフィッシュ氏の下敷きになって死んだため、魔女だった祖母がブリュンヒルト・タワーにのろいをかけた。

あらすじ

※結末まで書いてあります!

 父さんの死から2年。マルとコムは母親の仕事の都合でダラスからシカゴに引っ越すことになった。新しい職場の上司が紹介してくれたのは、1930年に建てられたブリュンヒルト・タワーというマンションだ。ドアマンがいてレトロな雰囲気が漂うマンションで、マルコムはひとめで気に入った。
 エレベーターに乗ると13階のボタンがない。古い建物によくあるように、不吉な数「13」が使われていないのだ。新居となる1404号室に着くと、広々とした部屋には前の住人が使っていたらしい家具や雑貨が残されていた。きれいな家具だけでなく、つい昨日まで使われていたような、くたくたのクッションや、「テディ」と名前が書いてある使いかけのノートもある。どことなく気味が悪かった。
 マンションの周囲を散策し、帰ってきてエレベーターに乗るとき、コムは一瞬13階のボタンを見たような気がした。はっとしてもう一度見たときには、すでに消えていた。
 次の日から母さんは仕事だったが、マルとコムは9月に学校が始まるまでの2週間、自由だ。マルはコンピューターゲーム〈マインクラフト〉でブリュンヒルト・タワーを作りはじめたが、自分の部屋以外の間取りがわからないため完成させることができない。空き部屋に入れるかもしれないと、マルとコムはマンション内を探検してみることにした。
 難なく入れた隣の1403号室で間取りをスケッチし、最上階の1701号室に行くと、ちょうど老婦人が出てくるところだった。プリンセス・ベロニカという、外国のアクセントで話す人だった。そのまま引きとめられて中に入ると、猫がたくさんいた。老婦人は自分のことを「プリンセス」と呼ばせた。マルコムは尋ねられるままに、17階で何をしていたのか、どうして引っ越してきたのかを話した。パーカー教授の紹介だと説明すると、なぜか怒っているようだった。マルコムは14時のチャイムを機に部屋を出たが、今後はこの時間にうろつかないようにと注意された。

 毎日タワー内を探検した結果、13時から14時の間だけ、エレベーターに13階のボタンが現れることがわかった。ためしに13階で止まってみると、エレベーターの隣の部屋から話し声が聞こえた。誰かが住んでいるようだったが、エレベーターホールに足を踏みだす勇気はなかった。
 数日後、13階のことを母さんに話すかどうかでマルとコムはけんかした。コムは腹いせにマルを13階のエレベーターホールに突き飛ばしてドアを閉めた。直後に14時になり、13階のボタンは消えてしまう。パニックになったコムは、最近友達になったタミカに助けを求めた。タミカはずっとブリュンヒルト・タワーに住んでいるが、13階のボタンのことは知らなかった。とりあえず家に帰ったコムは、一人二役でマルがいるふりをして母さんの目をごまかし、翌日の13時きっかりにタミカと13階に向かった。14時前に帰れるよう、父さんの腕時計を持っていった。
 マルは13階のエレベーターホールにはいなかった。そのまま1階のロビーに降りるとたくさん人がいたが、みんな昔っぽい服装だった。コムとタミカはパーカー教授の姿を見かけ、おもわず逃げだす。話しかけてきた男の子の部屋についていくと、ちょうどブリュンヒルト・タワーでマルコムが住んでいる部屋だった。男の子の名前はテディといい、あのノートの持ち主だと判明した。クローゼットを開けるとマルが隠れていた。コムに食ってかかるマルだったが、時間がないのでとにかくいつものブリュンヒルト・タワーに戻ることにする。建物自体の構造は同じようだが、元の世界にはどの階からも戻れるわけではなく、連絡通路となっている13階を経由しないと戻れないしくみだった。
 マルコムとタミカは翌日も13階に行き、テディと会った。そして衝撃的な事実を聞かされる。ブリュンヒルト・タワーに引っ越してきた人は、二度とほかのところに引っ越せないというのだ。呪いがかかっていて、死ぬとテディのいる〈ファントム・タワー〉の住人になる。空き部屋が多いのはそのせいだった。

 マルコムとタミカは呪いを解く方法を探すことにした。母さんが働いているシカゴ大学にいき、パーカー教授の研究室にしのびこんだ。ブリュンヒルト・タワーができたときの新聞記事の切り抜きと、魔法について教授が書きためているらしいノートを見つけた。そこへパーカー教授がやってきて怒鳴られるが、どうにか逃げ出す。一方、教授は怒りのあまり発作をおこして倒れてしまった。
 ファントム・タワーに行くと、いつもと様子が違っていた。壁も床もすべてぐらぐらしている。なぜか、ファントム・タワーと教授の命が連動しているようだった。
 新聞記事とプリンセスの話を総合すると、ブリュンヒルト・タワーのオーナーだったクレイフィッシュ氏は、1929年10月29日の株の大暴落で破産し、南棟と北棟を建てる予定だったブリュンヒルト・タワーを南棟だけにした。南棟の完成式典後、クレイフィッシュ氏は屋上から身を投げた。真下にいたレンガ職人ジョンも即死した。激怒したジョンの祖母は魔法の力を持っていたので、ブリュンヒルト・タワーにのろいをかけた。ジョンとクレイフィッシュ氏は生と死のはざまの世界にとらわれ、その世界のなかでジョンはまぼろしの北棟、ファントム・タワーを建てた。当時ジョンの奥さんは妊娠していて、後に生まれた子どもがパーカー教授だった。そして、クレイフィッシュ氏にも娘がいた。今のプリンセスだ。
 パーカー教授もプリンセスも、ファントム・タワーの存在を知ったあと魔法について調べ始めた。パーカー教授はいつまでも父親に会いに行けるよう、のろいを永遠に効かせる方法を探し、プリンセスは自分と母親を解放するために、のろいを解く方法を探した。パーカー教授はどちらの魔法もつきとめたようで、魔法に必要なふたごを手に入れるためにマルコムの母を採用した。タミカは教授のノートをこまかく調べ、のろいを解く方法を見つけた。必要なのは、生者の血、死者の髪、死者が身につけているもの。プリンセスとパーカー教授、そしてクレイフィッシュ氏とレンガ職人ジョンから集めなくてはならなかった。

 ファントム・タワーの中は危険なほど揺れていた。レンガ職人ジョンを訪ねると、息子にいつまでも愛していると伝えて欲しい、と言って協力的だったが、クレイフィッシュ氏は最後まで抵抗した。ドアも開けてくれず、ジョンに手伝ってもらって力づくでやっと必要なものを手に入れた。
 ブリュンヒルト・タワーに帰れたのは翌日で、マルコムとタミカの親は心配し、怒っていた。子どもたちはファントム・タワーのことを話し、親たちとプリンセスと一緒にパーカー教授の入院先に行った。教授は相変わらず非協力的だったが、父親であるレンガ職人ジョンのことばを伝えると、ついに折れた。教授の血を手に入れ、材料をそろえて呪文を唱えると、竜巻のような風が湧き起こって消えた。次にブリュンヒルト・タワーに戻り、クレイフィッシュ氏が転落した場所で歌を歌った。こうして、のろいは解けた。

 ブリュンヒルト・タワーには、新しい人たちが引っ越してくるようになった。しばらくたってから、コムは13時にエレベーターに乗ってみたが、13階のボタンは現れなかった。父さんのいないさみしさも相変わらず感じていたが、父さんの携帯に残されていた、たわいのない家族の団らんのボイスメモを見つけ、勇気づけられるのだった。

 世界的に大人気のゲーム〈マインクラフト〉をプレイしたことがある人なら、いちどは自分の家を〈マインクラフト〉で作ってみるだろう。ブリュンヒルト・タワーに引っ越してきたマルも早速新居を作り始める。ところがブリュンヒルト・タワーはふつうのマンションではなかった。毎日13時に、ないはずの13階が出現するのだ。
 ありがちな設定ではあるが、テンポのよい展開で飽きることなく楽しめる。新学期がはじまるまでのたった2週間の物語に、ブリュンヒルト・タワーの90年近い歴史が凝縮されているうえに、異世界にまで迷い込む。奥行きのある冒険は、マルとコムを大いに成長させた。優等生のマルは人を見くだすようなところがなくなり、コムも父の死を乗り越えられるようになった。
 キャラクターもユニークだ。性格が正反対のふたご。クセはあるが努力家で好奇心旺盛のタミカ。今は存在しない国の王女だと言って、変わった発音(building⇒buildink、when⇒venなど)で話すプリンセス。実はシカゴで生まれ育ったので訛らずに話せるのだが、ミステリアスな雰囲気を漂わせるために、あえて話し方を変えているのだ。パーカー教授は父ジョンの死後に生まれたため、生きている父親には会ったことがないが、ファントム・タワーに住む父親にほぼ毎日会いに行く。父親に会いたい想いは、コムにも痛いほどよく分かった。
 ファンタジーの要素はもちろん、親子のきずなやシカゴの歴史、ミステリアスなファントム・タワーの世界も楽しめる。ブリュンヒルト・タワーのことをまったく知らなかった主人公がだんだんと秘密に迫り、謎を明らかにしていく構成・展開も巧みだ。ファンタジーの世界と現実の世界が交錯していくさまは、『トムは真夜中の庭で』も彷彿とさせる。
 物語の舞台と同じ、夏休みにおすすめの1冊である。

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