創業58年目のおしぼり事業と最先端DXが融合。すずらん商事がスマートウォッチで推進する新時代の安全管理システムとは?
「江戸時代からサステナブル」。これはどのような商品のキャッチコピーを表現していると思いますか?
このキャッチコピーを採用している株式会社すずらん商事のメイン事業は布おしぼりのレンタル。おしぼりの起源は江戸時代にさかのぼります。当時、店舗に入る前に手や足を拭いた「てぬぐい」がおしぼりの始まりとされています。
この長い歴史を持つおしぼりと最先端のDXが融合している興味深い話を耳にしました。札幌でおしぼりレンタル事業のトップシェアを誇り、創業から58年目を迎える株式会社すずらん商事の厚川博紀取締役(以下、厚川)と、同社のIT・DX化を支援したITコーディネータの多田優基さん(以下、多田)に札幌市白石区の本社でお話を伺いました。
布おしぼりレンタル事業で順調に成長。しかし襲来したコロナによって売上激減
ーーすずらん商事の事業内容について教えていただけますか?
厚川 : 弊社は布おしぼりのレンタルを主事業としています。コロナウイルスの流行前は、札幌市内の飲食店の約8割で私たちのおしぼりが使われており、特にすすきのエリアでは約9割のシェアを占めていました。創業から売上は着実に増加しており、新たな工場建設の計画もありました。しかしコロナの影響を大きく受けてしまいました。
ーーその影響とは具体的にどのようなものでしたか?
厚川 : コロナの影響で、私たちの主要取引先である飲食店の約7~8割が休業に追い込まれました。営業再開後も、多くの店舗が経費削減のため紙のおしぼりに切り替えました。
この結果、私たちの布おしぼりの出荷量はピーク時の約6~7割にまで減少しました。ただ最近ではコロナの影響が収束し、飲食店の営業が正常化したことで、取引状況を見直し、売上をコロナ前の水準に戻すことができました。しかし、コロナのような未知の事態が今後も起こり得るため、現在は他のレンタル事業の強化に取り組んでいます。
コロナ禍以降、3事業を柱に育てるべく準備中
ーー新たに取り組んでいるレンタル事業について教えてください。
1つ目は玄関マットのレンタル事業です。これは飲食店だけでなく、一般企業にも対応しています。玄関マットは定期的な交換が必要で、コロナウイルスの影響を受けにくいため、安定した収入源として見込んでいます。
2つ目はタオルのレンタル事業です。ホテル、温泉、美容室、ゴルフ場などが主なターゲットで、人件費の上昇や光熱費の増加により、業務の効率化やコスト削減を図りたい施設からの需要が高まっています。
3つ目はユニフォームのレンタルです。特に食品工場などでは、従業員が自宅で洗濯することで生じる異物混入リスクを減らすために、弊社のサービスが有効です。飲食店との取引経験を活かし、この事業を展開しています。
北洋銀行の経験を経て、すずらん商事に新しい風を吹かせる
ーーすずらん商事への入社経緯について教えていただけますか?
厚川 : 入社経緯は私の生い立ちから始まります。すずらん商事の創業者である祖父の跡を継いだ二代目が私の父でした。その影響で幼い頃からおしぼり事業に親しみ、それが自然と私の日常の一部となっていました。
父は「会社を継がなくてもいいぞ」と言っていましたが、私は早くから会社を継ぐ意志がありました。しかし、社会人となりすぐにすずらん商事へ入社するのではあまりにも世間知らずすぎる。そこで、まずは他の会社で経験を積み、幅広い視野を持つことを目指しました。これは父からの「新しい風を吹かせてほしい」という言葉にも影響された部分です。
ーーどのような会社で経験を積んだのでしょうか?
厚川 : 大学を卒業後、私は2020年に北洋銀行に入社しました。最初の3年間はジョブローテーションを通じて、融資、ローン、証券取引、カウンター業務など、銀行業務の幅広い分野を経験しました。勤務を通じて、多くの企業や経営者との接点を持ち、そこで理想の会社経営や経営者の姿を学びました。これらすべての経験は、後にすずらん商事での経営、働き方に大きな影響を与え、貴重な指針となっています。
アナログな現場のIT化。しかし複雑化した内部システム。整理と効率化の取り組み
ーーすずらん商事で直面した主な課題について教えていただけますか?
厚川 : 弊社の最大の課題は、従来の「アナログ」方式の業務でした。例えばおしぼりの洗浄容量を正確に把握している従業員がわずか2人という属人的な状況でした。そのため、これらの従業員が退職したり、長期休暇を取ったりすると、業務が滞るリスクがありました。マニュアル化されていない状態では、重要な情報が特定の人々の記憶に依存していました。
社内エンジニアと従来のパートナーと共に、システム構築に取り組み、少しずつIT化は進みました。しかし内部システムも時間の経過と共に複雑化し、必要性の不明確なシステムが乱立していました。これは、営業部門がエンジニアに対して、個別の要望に基づいてシステムを開発してもらっていたことが原因です。
結果として、依頼した人がいなくなるとシステムの使い道が不明確になる、または同様の機能を持つ複数のシステムが存在するなどの問題が生じました。そのため、どのシステムが本当に必要であり、それらを統合できるかどうかをITコーディネータの多田さんと協力しながら検討し、現在は内部システムの改善を進めています。
多田 : すずらん商事は特にシステム開発において優れていると感じます。自社でこれだけのシステム構築を行える会社は珍しい。既存のシステムは良い資産となっており、これを整備していけば、さらに効果的なシステムへと進化するでしょう。
厚川 : 既存の複数システムによる分断された業務プロセスは、私たちの大きな課題です。現在はこれらを統合し、全ての情報を一つのシステムで一元管理する方向で改革を進めています。CRM、生産の状況、予測などすべてを含んだシステムです。これにより、情報の集約と精度の高いデータの取得が可能になり、組織全体の業務効率化と資産価値の向上を目指しています。私たちは、単に点として機能するシステムから、連携して働く総合的なシステムへの転換を図り、IT化とDX化を一層推進しています。
スマートウォッチ型デバイスをドライバーに装着し、DX化推進
ーー厚川さんが推進したDXプロジェクトを具体的に教えていただけますか?
厚川 : 弊社は配送ドライバーの健康と安全を守るためのDXプロジェクトを推進しています。このプロジェクトでは、私の友人が関わる会社、株式会社enstemが提供するサービス「Nobi for Driver」を活用しています。この取り組みにより、ドライバーの安全管理を強化し、事故リスクを最小化することを目指しています。
具体的には、おしぼりやタオルなどを配送するドライバーにスマートウォッチを配布し、そのデータをスマートフォンアプリを通じて、リアルタイムでクラウドにアップロードしています。
これにより管理部門がリアルタイムでドライバーの安全状態や健康状態を監視し、問題が発生した場合に迅速に対応できる体制を整えています。
眠気アラートから安全確認まで、スマートウォッチが支えるドライバー管理
ーースマートウォッチを使用して、どのような情報を得られるのでしょうか?
厚川 : スマートウォッチを活用して、ドライバーの「眠気」を感知できます。眠気を示すアラートは低・中・高の三段階があり、低または中のアラートではスマートウォッチが振動し、ドライバーは眠気を自覚できます。高アラートの場合は、その情報が管理者に通知され、管理者がドライバーに安全を確認するための連絡をとります。
また、「心拍数」のデータからは、運転中の危険な状況(ヒヤリハット)を検知することが可能です。例えば、接触事故を避けるための急操縦時に心拍数が上昇することがあります。
さらに、2023年12月から弊社内で導入されたアルコールチェック機能に加え、Nobiのスマートウォッチでの簡易的なアルコールチェックも可能です。例えば、朝のドライバーの心拍数が異常に高い場合、アルコールが残っている可能性を疑うことができます。
実際にあった事例として、朝に心拍数が高かったドライバーがいました。当初はアルコールが残っている可能性を疑っていましたが、対面での確認の結果……単に遅刻しそうだったため急いでいたことが原因でした(笑)。
2024年問題とドライバー高齢化に立ち向かう、新時代の安全管理システム
ーー導入の背景について教えていただけますか?
厚川 : スマートウォッチの導入背景には、「2024年問題」として知られる、トラックドライバーの時間外労働上限の960時間制限が大きな要因です。この規制により、物流業界全体でドライバー不足が深刻化し、高齢化の進行も懸念されています。私たちは配送ドライバーの健康と安全確保、業務の効率化を急務として位置づけています。
最近、ドライバーが高齢化により意識を失う事故が発生していることもあり、これを受けて事故予防のための対策が必要だと判断しました。そのために、眠気や心拍数などのデータをリアルタイムでモニタリングすることで、事故の未然防止を図るためのプロジェクトを推進しています。
高まる安全意識、先進的な健康モニタリングでドライバーの行動改善
ーー スマートウォッチの着用によって、ドライバーの意識や行動に変化は見られますか?
厚川 : はい、スマートウォッチの効果によりドライバーの意識に確かな変化が見られます。特に心拍数のデータを通じて、ヒヤリハットの多い交差点や夜間の事故リスクが高い道路を特定し、それらの場所での安全運転をドライバーに呼び掛けています。このように「ここは特に注意が必要です」という情報を共有することで、ドライバーは安全に対する意識を高めています。
また、昼食後に眠気を感じやすいドライバーを特定し、「食後は適度に休んでくださいね」とアドバイスしています。これにより、眠気による危険運転のリスクを減らしています。
社内の反対意見を乗り越え、スマートウォッチによる業務改善をDXで実現
ーー導入に際して、社内での反対意見はありましたか?
厚川 : スマートウォッチの導入により、GPS機能を利用して1分ごとに位置情報を送信しており、これにより配送ルートの最適化が可能になりました。しかし一部のドライバーからは抵抗感がありました。以前は配送作業が早く終われば、昼寝をしたり、多少さぼってもいいという考えはありました。
しかし現在は、勤務中の責任を意識してもらい、業務に専念していただくようにしています。休憩時間にはステータスを変更できる設定になっており、もちろん勤務終了後はスマートウォッチを外すことが可能です。
ーー装着者はドライバーのみですか?
厚川 : 現在はスマートウォッチを配送ドライバーにのみ装着させていますが、将来的には工場スタッフにも使用してもらう予定です。特に洗浄作業は高温になるため、夏場の熱中症予防に役立つと思います。また、眠気を感じることもあるでしょう。工場では大型機械を扱うため、眠気がある状態での作業は危険です。私たちはスタッフの安全確保を最優先に考え、対策を進めていきます。
ーースマートウォッチによる業務改善の効果はありましたか?
厚川 : はい。ドライバーは配達完了後、スマートフォンアプリを用いて配達記録をつけています。これにより、どのお客様に何時に配達が行われたかの情報が詳細に残ります。また、スマートウォッチによるルート追跡機能のおかげで、配達ルートのデータも収集できています。このデータを活用することで、今後はルートの最適化やその他の多様な改善策を実施する予定です。
新技術導入で業務効率化、すずらん商事の未来計画
ーー将来的に取り組みたい技術革新やプロジェクトについて教えてください。
厚川 : 私たちは今期、タオルを自動で畳む機械を導入し、この技術の効果を実感しています。この機械は、タオルを掴んで畳むだけでなく、カメラとAIを活用して汚れや破損を検出し、自動的に選別します。効率化と自動化を推進するために、手作業を最小限に抑える取り組みを進めています。
今後の目標としては、QRコードや電子タグを活用して、マット、タオル、ユニフォームをベルトコンベア上で自動的に管理するシステムの構築です。これにより、さらなる効率化と精密な商品管理を実現したいと考えています。
ーーすずらん商事の将来的なビジョンについてお聞かせください。
厚川 : 現在、業界全体では価格の上昇が進んでいますが、私たちすずらん商事はこの流れに流されることなく、顧客の信頼を維持するために価格優位性を持つ自社製品の強化に注力しています。私たちの社是は「品質第一」。「安かろう悪かろう」の発想を避け、他社と同等の価格帯で品質の高い製品を提供し続けることを目標としています。
現在、おしぼり以外の製品ラインは発展途上ですが、これらにも力を注ぎ、ビジネスの多角化を進めていく予定です。私たちのビジョンは、品質と価格のバランスを保ちながら、顧客に最適なサービスを提供し続けることです。
編集後記
今回のインタビューではIT・DXに留まらず、おしぼりやタオルなどのすずらん商事のビジネスのビジョン、さらには洗浄を含むサービスについても詳しく伺う機会を得ました。特に印象深かったのは品質へのこだわりでした。原材料費や人件費の上昇により値上げを余儀なくされても、優れた品質を維持するための選択だという説明がありました。すずらん商事にとって、品質が低下することは許されないことなのです。
インタビュー後、工場見学の機会もいただきました。各工程の細かな説明を受けながら、大きな機械のダイナミックな動きや従業員の素早い作業の光景を目にし、久しぶりの工場見学に私は心躍らせました。
見学を終えて感じたのは「ここまで徹底しているのか」という驚きでした。汚れの程度に応じておしぼりやタオルを選別し、洗浄液や洗浄回数を変えているのです。AIによる汚れ判別後も、目視で細かなチェック。飲食店に提供する品質の高いおしぼりを製造しています。インタビューで聞いた品質へのこだわりが、工場の光景と見事にリンクしていました。
多くの企業が立派な社是や社訓、企業理念を掲げていても、実際のビジネスに反映されていない例は少なくありません。しかし、すずらん商事は異なります。「品質第一」という社是を忠実に実行し、工場での体験からも、その品質へのこだわりを強く感じました。
すずらん商事の品質の高さは、業界内で広く認知されているようです。道外からのおしぼりレンタル事業者が、彼らの高い品質基準を学ぶために研修に訪れることもあるとのこと。札幌に住む者として、地元企業がこれほどまでに高品質なサービスを提供していることに、私は大変誇りを感じます。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。(記 : マーケティスト・赤沼俊幸)