向こうからやって来る

レッスンをしていて、ジャズの演奏と車の運転はよく似ているなと思う。
と言っても僕は自動車の運転が苦手。はっきり言ってヘタ。そしてそのヘタな部分が楽器の演奏にも出ていると自覚している。謙遜ではなく。
実際、楽器が上手い人は車の運転も上手い印象。たまにそういう人の横に乗せてもらうと、まぁこれが同じ人間なのかと思うこともある。これも音楽と同様。と言っても今まで事故を起こしたことはない。自覚している分、かなり慎重に運転しているのもしれない。
レッスンに来る生徒たちはそういう意味では楽器の「運転」は当然あまり上手くない。ちょうど僕が車の運転をしているような感じだからよくわかる。

たまに人を乗せて車を運転していると、免許を持っていない人は交差点に差し掛かったところで「あ、ここ右です!」と言ったりする。さすがに僕はそこまでではないけど、普段は自転車で移動することが多いので「二つ目の角を左でお願いします」が一方通行の出口だったりすことはたまにある。

運転の上手い下手は確実にあるけど、運転免許自体は全く車に乗ったことのない人でも数ヶ月から早ければ数週間で取得できる。これはジャズではまずあり得ないこと。
何度も通い慣れたカーブや坂、交差点の少ない近所の道をゆっくり走れるようになるだけでも数年かかることもザラだ。

楽器という車でジャズの道路を走るには基本的な交通ルールを知っていて、またルートマップが頭に入っている必要がある。
そして運転席に座り、車が走り始めると体感的には自分が動いているのではなく前面の景色や道路、信号や標識が向こうからこっちにやって来るように見える。
そう、音楽も向こうからやって来るのだ。曲のフォームもコード進行も部分転調も。そしてそれらは決して止まらない。
それがあとどれくらいのタイミングで来るのか、そして直進なのか右折なのか左折なのか車線変更なのか。ウインカーを出す、ハンドルを切るタイミングはいつなのか。そのタイム感覚が実際に出しているスピードとシンクロしているか。

この数秒後にやって来る「その時」に何をすべきなのか、その「お告げ」もまた「向こうからやって来る」
どうすればその「お告げ」をキャッチできるのか?それを考え続けてもう40年以上経ってしまった。その一つの答えは「追いかけるな、待ち構えろ」そして「振り返るな」
当然早いテンポ、難しいチェンジではキャッチしにくい。息が足りなくなってもダメ。予め仕込んだフレーズもおそらく難しいだろう。個人的にはまず上手く行ったことがない。

練習は基本的に「追いかける」プロセスなのに対し実際の演奏は逆に「待ち構える」。
このことに気が付かないままに猛練習を続けていると演奏も「追いかけて」しまいがち。

「お告げ」と言ったって何も突拍子もないことではないし無数にあるわけではない。実際はごく限られた選択肢の一つに過ぎない。
その小さな、しかし確信に満ちた選択の連続を複数の人間で共有したとき、ついに何かが起こるのだ。

そこまで来たら僕のレッスンは卒業です。

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