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東京藝大修了制作《もうひとつのことば》

現在、2024年1月28日(日)-2月2日(金)に、上野にある東京都美術館、東京藝術大学構内、大学美術館にて、卒業・修了作品展が開催中である。

https://diploma-works.geidai.ac.jp/2023/

私も、東京藝術大学構内 絵画棟一階アートスペースにて、修了制作《もうひとつのことば》を展示している。

本作は、異なる背景を持つ者同士の隔たりを、糸の重なりとして捉え、対話を試みることをテーマに、活動を通して生まれた9つの立体や映像、ドキュメントで構成した。

5つの画像は昨年12月の最終作品審査にて撮影したもの

本記事では、作品《もうひとつのことば》について、ステートメントと活動内の各エピソードについてまとめる。

Statement

人と人との間にある隔たりって何だろう。

それは、これまで生きてきた場所の違い、国籍や性別、年齢、職業、肩書きの違い、あるいはもっと内側にある、思想の違いかもしれない。ある人は私に「それは、私とあなたが離れていて会えなかった時間の長さじゃないかな」と言った。そんな、色んな隔たりによって、コミュニケーションはときに難航し、傷つけあうこともある。

でも、隔たりが悪なのかというと、そうとも言えない気がする。そもそも相手との隔たりが全くない状態なんてあり得るのだろうか?
人と人との間には何があるのだろうか。

そんな問いを持ちながら、私は昨年南米へ留学をした。
留学中、メキシコ南部にて織物職人の先生と出会い、数ヶ月間手織り芸術を教えてもらうことになった。風で自由になびく一本一本の糸が、職人の手によって布へと変わる瞬間を目の当たりにしたとき、私は、時間をかけて糸を紡ぎ布にしていくことと、人同士が長い時間をかけて、ゆっくりと人間関係を紡いでいくことが似ていると気づく。

本作《もうひとつのことば》は、母国語-外国語などの言語の枠組みを再考し、他者と創造的に向き合う対話の手がかりを探すことをコンセプトに、9つの立体、ドキュメント、映像で構成した。
作者の第一言語である日本語以外の言語を持つ9人の他者と、2枚の布越しに向き合い、一つの糸と針を渡し合いながら、交互に互いの姿を縫い合うことを行なっている。他者との隔たりを糸の重なりとして捉え対話を試みる中、互いの目線の違いやかけた時間とともに、糸は少しずつ交錯していった。

《もうひとつのことば》ステートメント


Episode1


2022年7月、私がメキシコのチアパス州立芸術科学大学に、ゲスト学生として滞在していた際、Aという美術学部の学生と出会った。彼女は生まれつき耳が聞こえず、大学ではスペイン語の手話を使ってコミュニケーションをとっていた。当時 スペイン語の手話が全く分からなかった筆者に対しても、彼女は明るい笑顔で関わってくれ、驚くほどすぐに彼女と打ち解けたように感じた。そして、自然と彼女のことをより知りたいと思うようになった。 

彼女とは、スケッチブックにイラストと簡単なスペイン語の単語を書くことや、身振り手振り、または口の動きなどでお互いに考えを伝え合った。テキストにてメッセージのやりとりを行うことに苦手感を示していた彼女だったが、ジェスチャーや口の動きから意図を読み取ることがとても上手く、何度も驚かされた。そのとき、これまで自身が「現地の言葉を覚えなければ、現地の人との会話は難しい」、「手話を学ばなければ、聾者の方とお話しすることは難しい」と思い込み、コミュニケーションにおける自身の精神的な扉を無意識に閉ざしていたことに気づいた。彼女との会話を繰り広げる中で、それらの気づきやコミュニケーションをテーマに制作活動が出来ないかと考えるようになり、本作品の活動が始まった。


Episode2


今回の参加者であるNさんは、2023年9月に友人の紹介で知り合った。
彼女はロシア語を第一言語とし、英語、日本語を話すだけでなく、その他の言語も勉強中であった。活動を通して、彼女が普段から手芸に慣れ親しんでいることが感じられた。私たちは同じ糸を使っているはずなのに、私が扱う時と彼女が扱う時では、糸はまるで別の素材かのように彼女に従順な動き方をしたのである。

活動の中で、彼女は私のシルエットをそのまま刺繍するのではなく、私の顔に草や花びらを生やしたような刺繍を施していた。意図を尋ねると、私が未だ開花していない、これから咲く花のように見えたからだと話してくれた。彼女が花のような刺繍を施したのは、より自由な表現をするための技術を彼女が既に持っていたことが関係しているように見えた。


Episode3


Sさんとは、共通の知り合いを通じて知り合った。彼女はパキスタンの公用語であるウルドゥー語、英語、日本語を話す。Sさんのお家にいく途中、裁縫セットの一部を落としてしまっていたことに気づいた。彼女は自身の裁縫セットや撮影セットなども快く貸してくださった。私が、彼女が頭に巻いている布について尋ねたところ、彼女は、「便利だからよ、大きいからね。特に理由はない。逆に私はなぜ日本人は、日焼け防止用のアームカバーをするのか理解できない。服を着た方が手っ取り早いと思うんだけどな」と言っていた。

活動が終了したあと、「彼女はあなたは外側の形を描いたのね、私は、あなたの内側の心の形を縫ったよ」と教えて下さった。


Episode4


Hは、2023年8月に知り合いの展示会でたまたま出会った。展示会場で、日本語でも英語でもない言葉でもう一人の知り合いらしき男性と会話していた。英語で挨拶やちょっとした会話をした後、「ところであなたは先ほど何語を話していたんですか?」と尋ねたとき「ロシア語です。住んでいたのはウクライナです。」と彼女は教えてくれた。その時の彼女は、一瞬間があった気がしたので、私は自分の良くない質問だったのではないかと不安になり、一度話題を変えたことを覚えている。その後、彼女の故郷の都市や、彼女の表現や好きなアニメなどについての話を聞いた。彼女は写真家で、一緒に今回の展示を見に来たパートナーのYと、写真を撮りながら一緒に様々な国を旅をしていて暮らしていた。

今回の活動は、私の自宅にて、床に木枠をおき、座って活動することを試みた。木枠を床置きにすることで少し不安定に感じる部分もあったが、彼女が私の部屋にあるハンガーなどの小物を駆使して上手く固定してくれた。固定できた時は、一緒に手を合わせて笑った。


Episode5


Yは、本活動に以前参加してくれたHのパートナーでもあり、私の自宅で行った今回の活動には、以前参加してくれた方が撮影の手伝いとして再度参加してくれた。彼とはそれまでに2度ほど会ってはいたが、家で活動をしようとして初めて、彼の身長がとても高いことに気づき驚いた。もともと準備していた木枠のセットでは、活動が少し難しいと感じたため、私たちはその場に家具などを組み合わせて臨時のセットを準備した。

今回何より興味深かったのは、身長の高低差によって、人やものの見え方は変わるということである。完成した刺繍の軌跡を見た時、彼が捉えたシルエットが自身の頭上に会ったことがとても新鮮に感じた。その時初めて、身長の違いによって見方が大きく変わるのだという気づきを体得した。


Episode6


Sさんはカフェで開催されていたイベントで知り合った。台湾で経理系の学科を卒業し、日本で経理系の仕事をしている。
イベントでお話しした際に「なぜ日本では、就職の際に大学時代の学科とほとんど関係のない職種に就く人が多いのか、不思議に感じている」と教えてくれたことを覚えている。
綺麗な爪や指の細さに連動して、糸も繊細な動きをしているように感じた。
活動終了後には、作品を背景に加工アプリを使用したツーショット写真などを撮ってくれた。


Episode7


昨年私がメキシコに滞在中に出会ったEさん。彼は日系3世で、現在父の家に住んでいる。先日、日本で家を借りたいとのことで、不動産屋への相談に付き添った。その中で、ビザなどの関係により外国人の賃貸が非常に難しいという現状を目の当たりにした。 

本活動は、彼の家の近くである成田の公園で行った。活動中、時折猫が遊びにやってきた。


Episode8


Sさんは同じ大学の学生。数回大学で会った事があり、以前からぜひお話をしてみたいと思っていた。共通の知り合いを通じて連絡をさせてもらった。
 活動を終えて、Sさんは「あなたからは、前に進む時と守りに入る時の2つの印象を受けた。自分自身は感覚的にやってみることを試みた。」と言った。Sさんは活動途中から、私が次どこに糸を持っていくのかについて予測し始めたと言う。窓の外には林が広がり、自然に囲まれた静かな空間であったこともあり、「まるでお寺で自分と向き合う修行を行なっているような感じがする。対面で行なっているが、布越しなので相手が見づらい。途中から、本当は自分と向き合っているのではないかと考えるようになった。すごく自分を感じた。」と伝えてくれた。

Sさんにとって、沈黙の時間は苦痛に感じることはなかったと言う。「あなたの書いた本を読んで、私も本を書きあなたへ渡す。そのような感覚のある活動だった。もしくはこの本は手紙とも捉えられるかもしれない。」と教えてくれた。

Episode9


知人の紹介で知り合った、ボリビアから留学で来たMさん。活動で使用する糸は、その都度参加者と話し合って決めているのだが、活動を開始する時、机に置いた様々な色の糸を見ながら、彼女は「これまで使わなかった色やおすすめの糸はどれ?」と私に尋ねてくれた。私は、これまで使わなかった色と、昨日彼女をイメージし追加したいくつかの糸について彼女に見せた。彼女と話す中で、黄色と青の糸を交互に使うことを試みることに決めた。活動前後の時間には、日本語とスペイン語、英語がミックスされた会話が繰り広げられた。活動を終えた後、彼女は「 La armonía de expresión fue interesante. (表現のハーモニーが面白かった)」と言ってくれた。

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