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日本ラグビー界の「ファーストペンギン」 - 岸岡智樹選手

2021年1月20日、最後のトップリーグシーズンとなる、ジャパンラグビートップリーグ2021が開幕した。

日本唯一のラグビー専門誌「ラグビーマガジン」では、トップリーグ開幕を前の2021年1月号で注目選手を特集した。特集には各国代表選手やチームキャプテンが並ぶ中で、新人で唯一入ったのがクボタスピアーズの岸岡智樹選手だ。

学生ラグビーエリートからトップリーグプレーヤーへ

1997年生まれ、大阪府出身。幼いころから足が速い少年だった。ラグビーの出会いは10歳のとき。中学卒業後には、高校ラグビー大会の常連校である東海大学付属仰星高等学校に進学し、最終学年の3年生の時には高校ラグビー全国大会で優勝。その後進学した早稲田大学でも早稲田大学ラグビー蹴球部に所属、一年生からレギュラーとして試合に出場する。大学4年生時には全国大学ラグビーフットボール選手権大会で優勝する。

高校・大学で最終学年に日本一に輝いたラグビーエリートが、2020年4月に日本ラグビーの最高峰リーグであるトップリーグの門を叩く。2020年4月に株式会社クボタに入社、同時でジャパンラグビートップリーグに所属するクボタスピアーズに入団した。

入団した2020年のトップリーグは、新型コロナウイルス感染拡大防止のため中断。チームの一員として公式戦でプレーをすることなく1年目の秋まで過ぎた。2021年2月始まったトップリーグ2021リーグ戦では、初戦から試合メンバー入りし、第3節では先発SOとしての活躍を見せた。

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プレーヤーとして最大の武器は「考える」こと

岸岡がメディアに取り上げられるときに必ず注目されるのが”明晰な頭脳”。自身も子どもの頃から「算数・数学は得意だった」と言う。高校時代は成績がオール5、大学は私立大学理系の最難関の1つと言われる早稲田大学教育学部数学科を体育会系のラグビーと二足の草鞋を履きながら卒業した。

ラグビーのフィールドにおいて、その明晰な頭脳はスタンドオフ(SO)という司令塔のポジションで遺憾なく発揮される。岸岡自身が試合を振り返った文章からは、試合前に何を準備し、試合中に何を判断するか、全てにおいて考え抜いている様子が垣間見える。

1つ1つのプレーやスキルに対しても、その頭脳をフル活用する。

「どんな練習をするのがいいか?」とよく聞かれるのですが、練習は小学生もトップリーグもメニューはあまり変わらない。大切なのは「何を考えてやるのか」だ。

と語る岸岡は、ラグビー丁寧に分析し考察する。

同じクボタスピアーズで元日本代表の立川理道選手が「足が速い」と評価するほど持って生まれた身体能力があった。その能力をラグビープレーヤーとして伸ばすために、岸岡は考え抜いてきた。考えることで岸岡はトッププレーヤーになった。

岸岡は、note、SNSで多くの発信をするが、Youtubeなどの動画配信を行わない。それも考えることを重視するためだ。

自分より若い世代に知識やスキルを伝えたいと思っている。
知識やスキルと教えるのに一番簡単なのは、目の前で実演すること。目の前に近いのが動画。動いている動画+テロップ(文字)+音声で教えられるが、目から入った記憶が正解となり、書き換えが難しい。僕の真似をしても僕よりうまくなる人は出てこない。
ラグビーは正解がないスポーツ。場面場面に応じた正解を自分で判断したものが、結果として正解になる。考えてほしいから、note(文字)を読みながら、Stand.fm(音声)を聞いてほしい。この2つを一緒にやって考えればYoutubeを超える。想像力を働かせることがラグビーの上達につながる。考えながら想像力を働かせた方が伸びしろが大きい。

若い世代が育つために、あえて考える余白を残す。それは考えることで「自分を超える」選手が出てくると期待しているからだ。

プレー以外にも注目される活動

岸岡が注目されるのは、プレーだけではない。自ら「ラグビー選手であり、ラグビーライターであり、ラグビー研究家」と名乗る岸岡は、noteによる発信、インターネットラジオ「岸岡智樹のオフステージ」、個人ファンクラブ「トモラボ」など、これまでにラグビー選手が誰もやってこなかったような取り組みを次々と立ち上げていることでも注目されている。

面白い・やったほうがよさそうと思いついたことは、やれる限りやってみるのが、岸岡のスタイルだ。

その1つが早稲田スポーツの配布(企画は終了)。
早稲田スポーツ新聞会が、毎年12月第一土曜日のラグビー早明戦に合わせて発行する2020年「早明ラグビー号」に、前年度の正SOであった岸岡が寄稿した。

例年であれば、試合会場で早稲田スポーツ新聞会が紙面を配布するが、コロナ禍の今年は、Webによるオンライン配布がされた。その「早明ラグビー号」を岸岡は自らサインを入れて配ったのだ。

発行元である早稲田スポーツ新聞会から「少しなら印刷してお渡しできる」と話を受けた岸岡はピンときた。「配ることができるか?」と思いついたのだ。

新聞はもらったら「ティッシュよりちょっといいもの」。1回読んだら不良品。会場で捨てられるのも見てきた。
同じ”配る”でも内容や付加価値が変わってこれば新鮮。同じことをやるにも+αの価値を生み出せる人がいる。自分が寄稿した新聞を配るのは僕にしかできない。ちょっとした違いかもしれないが、ちょっとした違いを作っていきたい。結論は「これやったら面白い」です。

お金で入手できるボールやTシャツを配るのとは違う。「普通は手にできない自分の記事に自分のサインを入れる」ことに岸岡にしか提供できない価値を見出したのだ。

普通にはもらえないものをもらったら嬉しい人がいる。これまでなら捨てられていたものが、捨てられなくなる。受け取ったらSNSでPRしてくれる人もいるだろう。(早稲田スポーツ新聞会の視点で見れば、)配布していた時には読まれなかったラグビー以外のページも読んでもらえる可能性がある。

新聞の発行元である早稲田スポーツが配るのではなく、寄稿した岸岡自身がやる。それは他の誰にも真似できない+αの価値ある活動になった。

「おもいついたことはやってみる」岸岡だが、全てのやっていることを「考える」のも岸岡らしさだ。

自分がやることには意味を持ちたい。だから自分なりの根拠がある。
アマチュアだけど、活動には責任があると思っている。だから全てのことを説明できるようにしている。

岸岡が考えて行動する姿勢は、岸岡の活動を一番近くで見ている馬場(マネージャー)も安心して見ている。

トモ(岸岡)がやることにはすべて理由がある。トモがやる理由がわからなくても、聞けば必ず返ってくる。
(馬場)

思いついたらすぐに行動するように見えるスピード感だが、そこにも岸岡の「考える」が入っている。

ダン・カーター2世と言われるよりも、岸岡智樹1世と呼ばれたい

社員選手として仕事をしながら、ラグビー選手としても平日は練習・休日に試合と忙しく日々を送る。体力的にはそれだけでも精一杯なはずだ。それでも、発信する活動を続ける。活動の原点を「人と違うことをやりたい」ことだと岸岡は語る。

子どもの頃からこれだけは絶対に日本一だ、世界一だというものがなかった。男の子だからかもしれないが負けず嫌いだった。
例えば、子どもの頃は算数・数学が得意だったけど、100点をとっても一位タイなんです。それが嫌いで、やるんだったら一番を取りたかった。それを「これじゃだめだ。人と同じことをしちゃだめだ。」と思ったんです。

誰よりも負けず嫌いな少年は、オリジナリティを追求する大人になった。

(ワールドラグビー界の英雄である)ダン・カーター2世と言われたら、めちゃくちゃ嬉しいと思うんです。
でも、ダン・カーター2世よりも岸岡智樹1世と呼ばれたい。

今の目標は「ラグビー界の新しい成功例になる」ことだ。ラグビー選手なら憧れる日本代表は、岸岡にとってはゴールへの途中経過だ。

ラグビー日本代表になるのは、めちゃくちゃ高い目標。2023年のワールドカップフランス大会は年齢的にもちょうどいいタイミング。
だが、自分がなりたいもののホップ・ステップ・ジャンプでいれば、ステップだ。日本代表になるのを目標にしたら、日本代表にはなれないと思うんです。日本代表になってワールドカップで活躍する、だと日本代表が通過点になる。大きな目標を持てば、途中の目標がどんどん自分に近づいてくるし、目標が自分に近づいてくる。
日本代表になることが「ラグビー界の新しい成功例になる」ことに近づく。


岸岡の話を聞いて、「ファーストペンギン」だと思った。

集団で餌を求めて海に飛び込む際に、最初に飛び込むペンギンは「ファーストペンギン」と呼ばれる。転じて「リスクのある新分野に最初に挑戦する人」のことを指す。(Wikipediaより)

体制が古いと言われているラグビー界において、トップリーグに入って1年目の若手が新しいことをするのは、周りからの重圧や偏見があるかもしれない。

それでも、新しいことにチャレンジを続けたことによって、岸岡は加入1年目で他のトップリーグ選手には追従できないポジションを得た。

これからどんな成功例を作っていくのか。岸岡から目が離せない。


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