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No.193 旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(18)コッツウォルズ地方の街の中で、空の下で

No.193  旅はトラブル / オランダ・アムステルダム&イングランド・コッツウォルズ訪問ひとり旅2012(18)コッツウォルズ地方の街の中で、空の下で

No.190の続きです。最初の部分はNo.190の再掲載です)

この日のディナーはホテル内のレストランでとることにして、街の地図をもらい、彼女の名前以外の情報も得て、テットベリーの街探索の一歩を踏み出した。

たっぷりと散歩してお腹を空かせたならば、良い評判を聞くことの少ないイギリスでの最初の食事もマシになるかな?それとも「中庭を望むエレガントなレストラン」での「おひとり様ディナー」は、僕の「旅はトラブル」の思い出の一ページを作るのかな?

まず左方向に行ってみよう。前方に目をやると、蜂蜜色ハニーストーンの家並みに混じり、白色や薄いピンク色の家もある。商店であろうか緑や青の扉も見える。何件かの家の壁には真っ赤な花のブーケが飾られている。生まれて初めて接する街並みで、日本を離れている実感が僕の心を高揚させる一方で、何処か何故か懐かしく感じてもいた。

イングランドの不思議に魅せられ始めていた。

ホテルのスタッフナオミさんからもらった地図はごく小さなものだった。ホテルの前の道が、街の中心を通る道で、隣町に通じているのだろう、たまに街を横切るようにスーッと走りゆく車は地元の人が運転しているのか、街の景観にはまるで興味のない様が見て取れる。

ガラケーについている時計を見ると「夕方の5時」だった。9月の東京の空を想った。薄暮の始まりを告げている時間のような気がした。晴天のせいもあるのか、高緯度地方ゆえもあろう、イングランドの17時には「お昼の5時」の名前が相応しい。

コッツウォルズ地方の街と村は、ロンドンから150KMほどの距離に点在していて、日帰りで周遊するツアーが人気であることは知っていた。観光ツアー客らしき人がほとんど見えないのは、「お昼の5時」が宿泊場所の主要都市に戻りつつある時間帯だと思われる。僕と同じようにゆっくりとウィンドウショッピングを楽しむ人の数は少ない。

家具屋さんに入ると、低い天井の一階と狭い階段を上がった二階に、アンティーク調のテーブルや椅子が所狭しと並んでいる。ガラス扉の食器棚の中には銀のスプーンやフォークが小さな値札を付けられて煌めいている。

お店の人は商売気がないというのか、軽い笑みは浮かべるが話をかけてもこない。ショッピングの際の常套句「I’m Just looking. ちょっと見ているだけです」を使うのも憚れるほどの、静寂の居心地の良さだ。店の中の商品たちの多くは、何年もの間そこにとどまっているようにも思えた。

派手な看板を出しているお店は皆無と言ってよい。歩きながら前方を見ると、日本の理髪店の前で必ずと言って良いほど見かける「赤と青の白の回転模様の案内オブジェ」のごく小さな、空き缶の大きめくらいのものを壁の上の方に付いている家が見えた。近づいて確かめると、蜂蜜色ハニーストーンの壁に、薄い青色の木枠の入り口の上に「Barber Shop」の文字が書かれていた。

日本だと堂々と「回転している」案内オブジェが、ここコッツウォルズ地方テットベリーの街では回転もせずに、小さく目につかない所で「回っていては静けさを壊しますよね」と言っているように見えた。店の中を覗いてみると、鏡に向かい座るお客さんの横顔と、後ろに立って散髪している床屋さんの姿が見えた。

テットベリーへの道中で見かけた地元の人には見慣れた「干し草のロールケーキ作り」(No.188)のようなスペクタクルな見せ物ではなかったが、目の前の理髪店の「日常生活」も「旅」になり得ている現実がなんだか可笑しく嬉しくなって、この静けさに相応しくない笑い声をあげたくなってしまった。

日本から離れたここコッツウォルズ地方の中にも、日々の生活を送る東京の片隅の中にも、地平線に太陽が徐々に沈みゆくのを見る中にも、友人や生徒たちとの何気ない会話の中にも「旅」はあるものなんだ、うん、きっとある。コッツウォルズ地方の空の下で、ひとりうなづいていた。

・・・続く

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