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No.016 英語・挫折の歴史 / その1・中学高校

No.016 英語・挫折の歴史 / その1・中学高校

英語の学習は挫折の連続、今に続いている。英語の学習に限らないが、挫折の中にあるのは失望と苦しみだけではない。なぜうまくいかなかったのか、分析の面白さは希望に繋がり、希望は継続を産む出す肥料だ。大いに挫折を楽しんでもきた。挫折の、その瞬間は楽しめないまでも。
 
英語学習最初の挫折、中学に入る直前だった。母ユウ子がどこから聞いてきたか、英語の学習塾があるので、いってみたらどうだと言う。母ユウ子が勉強の話をするなんて珍しい。気乗りしなかった。行ってみると同じ学年の子がかなりいた。学校の先生と雰囲気の違う女性が、単語カードを見せる。みんなで「ブッーク!キャッート!」みんなで歌を歌っている印象を受けた。教師にひとり指され、立ち上がった。教師の手に椅子の絵、裏に「chair」とアルファベットが書かれている。「Repeat after me. Chair!」はっ、なんて言ったの?「口はこうして、はいもう一度」「チ、チアー?」一度どころか、4、5回は繰り返し言わせられたが、できなかった。生来の音痴である。今でもカラオケは行かない。皮肉なものですね、今は生徒に「chairのch-は悔しかったときのチックショー!のチッ」と教えているのだから。人生は分からない。こうして小中学校を通してのたった1日の通塾は終わる。
 
中学に入っても、英語は嫌いだった。いやらしいかも、だが、定期テストの点数は取れる。テスト範囲に出てくるスペルを覚えたりするだけだったから。文法事項に関して「オレ本当には理解してないよな」と感じていた。doとdoesの違いってなんだっけ?beってよくわかんないな。エトセトラ。
 
高校になってからは悲惨なものだった。卓球に明け暮れ、授業は寝る時間だった。それなりにいい順位で入学したが、3年の時は470人中400番台、好きな科目などなかった。勉学では完全にドロップアウトの生徒だった。大学受験は当然失敗した。どこを受験したか、本当に覚えていない。英語の挫折、人生のつまずきだった。親しい友人の半分以上は浪人したように記憶している。


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