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Re-posting No.074 映画「世界の中心で愛をさけぶ」に少し関わり、長澤まさみちゃんにマジックを指導した話

(以前の記事を大幅に書き直しました)

「しんやさ〜ん、元気〜?クニさんが話あるんだって〜」友人の一人さやかから電話が入ったのは、熱帯夜が続いていた8月初旬のことだった。長男ユーマくんを出産してからも、さやかは連れ合いの旦那さんを「クニさん」と呼んでいた。

僕は38歳の時に、仕事を続けながら上智大学比較文化学部に入学、さやかはその時に知り合った若き友人の一人だった。そして、大学卒業2年後に家業の酒屋商売にピリオドを打ち、ひょんなところから始めた学習塾が、4年目を迎えようとしていた。僕は49歳になっていた。

電話口に出たクニくんと話をする。彼の友人アイダくんが東宝映画に勤めていて、新作映画の準備を助監督の立場でしている。原作がベストセラーになりつつあり、東宝がいち早く映画化の権利を獲得した。その映画の中に、主人公の女性がマジックをする場面が、ほんの少しだけあると言う。プロマジシャンに声をかけるほどの予算もないが、アドバイスのできる人を探しているとの用件だった。なるほど、僕がお眼鏡に適(かな)ったわけか。

「了解だよ、クニくん。ところでそのベストセラーになりつつある原作って何て言うの?」
「え〜と『世界の中心で愛をさけぶ』です」
「えらい大袈裟な題名だな〜、面白いのかな?」

一週間後に、クニくんの友人助監督のアイダくんが僕の自宅に来ることになった。一応、原作は読んでおくか。本屋さんに行くと、平積みになっている片山恭一著「世界の中心で愛をさけぶ」の文字が目に入った。本の帯には女優柴咲コウのコメント「泣きながら一気に読みました…」があった。

帰宅して、感動もないまま一気に読めてしまった。全く好みでなかった。この本に感動した方達には申し訳ないが、僕の嗜好の問題なのです。そもそも、この原作の映画化の際、どこにマジックのシーンを付け加えるのだろうかとの疑問が残った。

助監督のアイダくんが、60年代には当たり前だが、この頃には少数派と言ってもよい長髪の額に汗を浮かべ、やって来た。この日も真夏の太陽が照り付けていた。短い挨拶を交わした後、冷たいカルピスで一息つき、当たり障りのない程度に映画業界に入った経緯などを聞かせてもらった。まさに「好青年」の形容がふさわしいアイダくんと本題の話に入った。

原作を読んだことも、読後感も伝えなかった。題名が省略され、後に一般化される「セカチュー」の監督を尋ねると、行定勲監督と言う。これより数年前、行定監督がメガホンを取り、キネマ旬報第一位に輝いた窪塚洋介主演の映画「GO」は、若い肉体の躍動感が鮮やかな、好きな映画の一本だった。映画「セカチュー」の出来はどうだろうか?

実際の撮影の現場で使う脚本は、初めて見た。見開くと、ページ上部3分の1ほどは空白になっている。おそらく何かを書き込むためのスペースであろう。確認するとマジックのシーンは2箇所、本筋との関係は深いものでもなく、短いものであった。

原作にも、主人公の女の子がマジックをする設定は無いし、話の流れからもむしろ邪魔になりはしないかと、アイダくんに率直に意見を述べた。一通りこちらの意見を聞いた後に、アイダくんが告げた。曰く「ヒロインにマジックをさせるのは監督のアイデアなので、脚本通りマジックが出てくる二つのシーンは撮影する方向です」との事であった。

結論。僕が、世田谷区砧にある東宝撮影所に行く。映画クランクイン前の準備の段階である。東宝シンデレラオーディショングランプリ期待の新人女優、長澤まさみちゃんにマジックの指導をする。アイダくんも一緒にマジックを習い、どのマジックを採用するかの判断は、アイダくん及び監督に委ねることになった。

2003年9月9日、残暑が厳しかった。撮影所近辺は緑豊かで、過ぎゆく夏を止めようとでも言うのか、セミの鳴き声も賑やかだった。撮影所内に入ると、ひやっとした空気が、汗に滲んだ僕の額や頬を過ぎていった。案内で要件を伝えると、程なく坊主頭に近い髪型に変わっていたアイダくんが寄ってきて挨拶をしてくれた。

「撮影に入ると床屋さんに行くのも面倒になるので髪を切ってきました」と話すアイダくんについていくと、やや大きめのテーブルが一つ、折り畳みの椅子が4つほど置かれ、部屋の隅には予備の椅子が数脚立てかけられた、こじんまりとした部屋に案内された。部屋には誰もおらず、テーブルの上には、冷たい麦茶でも入っているのかポットが一つと、お盆の上にコップがいくつか既に準備されていた。

「セカチュー」主演の長澤まさみちゃんの設定は白血病に侵される少女であり、専門の医師から癌や白血病に関する講義を受けている最中とのことだった。「女優さんのキャラクター作りも、なかなかに大変そうだが、面白そうだな」見知らぬ世界の一端に触れた面白さに浸っていると、軽いノックの後に、すらりと背が高い女性がひとり、静かに部屋に入ってきた。

黒とグレーのストライプのシャツに、淡いグリーンのパンツをラフな着こなした女性の足の長さがスッと目に入ってきた。ちょっと緊張している様子も感じさせた、この時高校1年生の長澤まさみちゃんは、スタイルの良さもあり大人っぽい印象を僕に与えた。

アイダくんの当たり障りのない紹介を終え、緊張をほぐす意味も込めて、マジックショーを始めた。「え〜!わー!すごーい!」幼さの残る笑顔の一面を見せてくれたまさみちゃんのリアクションに乗った僕は20分ほどマジックを披露して、カードを一つプレゼントした。

マジックのおかげか、まさみちゃんは大いにリラックスして、本来の目的のマジック指導は順調に進んだ。比較的容易にできるマジックの上に、助監督アイダくんもしっかり覚えた様子で、特に心配はなさそうだった。

まさみちゃんから「一緒に写真撮ってもらえますか?」との有難い申し出もあった。有名女優さんになった今だと、こちらが言うセリフだ。アイダくんが撮ってくれたまさみちゃんとのツーショットの写真2枚、もちろん今もアルバムに収まっている。

まさみちゃん、マジシャンと預言者を勘違いしたのか、僕に聞いてきた。
「わたし、女優としてやっていけると思いますか?」
「もちろん!やっていけるよ。オレと知り合うとその後、みんな活躍しているよ」偶然の産物なのだが、知り合った人に幸運をもたらしてきた実績はあると言える。(No.213)「ホントですか!何か自信もらえました!」弾んだ声は、ひとりの高校生の女の子のにこやかな顔に彩られて、僕の気持ちも和らげてくれた。

映画は公開されると、大ヒットとなった。原作もさらに売れ、戦後の大ベストセラーの一つとなった。女優長澤まさみのその後の活躍は言うまでもないだろう。

僕も映画館に足を運んだ。エンドロールで、スタッフのテロップが画面下から上に向かい、流れる。最下部に「手品指導・小野信也」その他のスタッフの名前に挟まれ、上に流れる。目で自分の名前を追う。「お、出たな。あ、消えた」。映画に関わった程度が現れていた。

映画を見た人のほとんどが「マジックのシーン?ありました?」と聞き返してくる。あれはいらなかったな、残念ながらその感想は変わらなさそうで、あまりお役に立てなかったような気もしている。

「セカチュー」に、関わったこの話をすると、大体みんな面白がるので、話の「ネタ」にしているが、大抵の場合、ひねてる訳でもないが、次の言葉を添えて話している。

「でもね、オレそこまで嬉しくはないんだ。原作も映画も大ヒット、売れたけど自分の好みには合わない。売れる売れないじゃない、自分が関わった作品が大好きだったら、こんな幸せはないと思うけどね。フェデリコ・フェリーニかイングマール・ベルイマンの映画に関わるのは無理かな〜。阪本順治監督の『顔』なんかだったら泣いちゃうかもね」

ボランティアのつもりでお手伝いさせて頂いたが、謝礼なのだろう、映画公開後「世界の中心で愛をさけぶ」豪華DVDボックスセットと時計が送られてきた。DVDボックスは、いまだ未開封のままだ。時計は結構高級なものらしいが、そもそも時計をする習慣もない。

映画「世界の中心で愛をさけぶ」に関われた、この事は楽しい華やかな思い出だ。人生の彩りにもなっている。いい機会を作ってくれたさやか、クニくん、アイダくんには心より感謝している。ありがとう。

蛇足と言っても良い余談である。数年後、映画「セカチュー」がテレビで初放映された。何の因果か、この日、この時間に裏番組として「クロースアップマジシャン前田知洋・奇跡の指先」が放映された。そして、この番組に出演していた天才高校生マジシャンホーくんのマジックに度肝を抜かれ、僕のマジックへの情熱が再燃するきっかけとなる。ホーくんの師匠マジック界アンダーグラウンドの怪物こと佐藤喜義さんとの深い付き合いの始まりでもあった。(Re-posting No.068, Re-posting No.069

頂いたDVDボックス・未開封。
記念品の時計。こちらも未使用。
脚本。非売品・ネットなどへ出品しないようにとの文言もある。
脚本と映画のパンフレット。

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