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No.013 東尋坊・田仲さん

「あのー、野宿なさるの?」左手はしっかりと、女の子の手を握っていた。子どもの年齢がいくつかなど、その時は思いもしなかったはずだ。今だから想うのだ。あの時いくつだったんだろう、今いくつになっているんだろう。お母さんの名前は知らない。名字は一生忘れない。田仲さん。女の子の名字は変わっているのかな?

福井県東尋坊。昨日に続き、今日も野宿か。「かっこいい」という言葉を冠する気にはなれなかった。自転車を押しながら、坂をのぼっていった。前方より、女の子を左手に連れたお母さんが坂道を下りてきた。この辺りに神社はないですかと尋ねると、もう少し上った左手にあると言う。お礼を言って歩き出すと「あのー、野宿なさるの?」と、問われた。「野宿」と言う言葉が似合う感じではない方だった。この坂道をあがったところに、自宅兼事務所があると言う。事務所でよければ泊まれますよ。

聞けば、弟さんがバイクで日本各地「旅」をして、見知らぬ人たちから親切にもてなされたことがあった。そのお返しの気持ちもあって、と続けられた。お言葉に甘えた。坂道をあがったところに「田仲企業」の表札が出ていた。

ご馳走様です、美味しかったです。ありがとうございます、お風呂で疲れを癒しました。お布団の温もり、忘れることはできません。感謝です。

ちゃんとお礼を伝えられたのか、あの時、浪人中は、何につけても自信が、確信が、持てなかった。環境が整っていても、勉学に精を出せなかったのは、逃げていたのは、自分自身だ。「旅」は前に進む「旅行」はとどまる。自分の中の一途さを示すための儀式だったのか。「旅」を終え、残ったのは、ともかくは目的地には着きました、小さな小さな自信だった。今では、心の中で大きくなった、若き日の良き思い出だ。田仲さんにもう一度お会いしてお礼を言いたい。思い出を語りたい。あの子に会って覚えているか尋ねてみたい。

長く、人生の宿題の一つとして、とどまっていた。

昨年、東尋坊を45年ぶりに訪れた。

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