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No.095 浪人2年生。秋その3・由理さんと黒幕?の父隆司さん

No.095 浪人2年生。秋その3・由理さんと黒幕?の父隆司さん

(No.094 浪人2年生。秋その2・由理さんとその家族の続きです)

二階に上がり着替えを済ませた父隆司さんが、ダイニングの椅子に腰を下ろし、ミーちゃんに声をかけた「お風呂はいって、もう寝んとあかんなミーちゃん」。「はい。おじちゃん」と答え、僕の方に顔を向けた。はにかみながら「おやすみなさい」と、ちょこんと頭を下げた。僕も「おやすみなさい、ミーちゃん」と軽く手を振る。仲良くなれたようである。チカコおばさんも、ミーちゃんと一緒にダイニングを後にした。キッチンの壁時計が8時30分を指していた。

「失礼してご飯いただくで」父隆司さんが食事を始めた。父隆司さんは、箸を片手に、主に由理さんを相手に話し始めた。司法書士事務所は勉強になるかい?ならへん、コピー取ったりばかりや。同級生のミウラさんと、この前そこであったで。ホンマ?元気やった?時々こちらに話を振る。浪人しとるんやて?ええ2年目です。家は何しとるんかいな?酒屋商売してます。実家は酒作ってました。父隆司は大きめの茶碗でご飯二膳を食べたあと、妻ミツコに「お茶漬け」とだけ言った。亭主関白を絵で描いたような場面を見た。それにしても健啖家だなあ。

ミツコお母さんが、食事の済んだ「あるじ」に声をかける。「あなた、ビールにしますか?」関西弁アクセントの標準語だった。「そやな。しんやくん、一緒にどや?由理子はどないする?」僕は、アルコールはからきしダメ。すぐに酔ってしまう。だが、ここはお付き合いしよう「じゃ、少しだけ頂けますか」由理さんが言葉を添える「パパ、しんやくん、お酒苦手なんよ。そやったよね?」ただ一度の東京板橋への訪問での時に話した事を覚えていてくれた。「おお、そうか。じゃ〜、一杯だけ付きおうてや。おい、しんやくんにビールついでやってや」隣に座るミツコお母さんに声をかけた。ミツコお母さんは「わたしも頂こかな」とグラス4個を出し、ビールを注ぐ。

軽い乾杯のあと、父隆司さんビールを飲んで「冷え過ぎとるがな〜。飲む4時間前に冷蔵庫入れとけゆうてるやんか」ミツコお母さん答えて「はいはい、そうしたんやけどね〜。なあ、しんやくん、うるさいやろ〜」。僕に振られたこの場合のベストの答えは出せずに「はあ、それより気になっていることがあるんですが」と話題を変えた。「由理さんて由理さんですよね。由理子さんじゃないですよね?」

由理さんが、手元のビールから隆司お父さんに視線を移した。父隆司さん「うわははは」と急に笑って「そこかいな。おもろいやっちゃな、キミは。うわははは」面白かったらしい。口元は笑っているが、目は口元ほどは笑っていない、と思った。「由理子の方が、呼びやすいだけや。それだけや」「それならそう名付ければ良かったのに」とは、もちろん言わなかった。「隆司さんこそ、おもろいやっちゃ」とも、もちろん言わず「そうなんですか」と、まずは優等生の答えを出しておいた。

「それより、キミはどの大学目指しているんや?」野太い声で尋ねられた。「どの方面の勉強に興味がある」とか「何学部に行きたいの」ではなかった。「どの大学」だった。浪人2年目、籍を置いていた代々木ゼミナールは最初の4日間行っただけの親不孝、ここまでただの1ページも参考書を開いたことのない無駄の山、ただの1分も受験勉強もしていない遊民、目指す大学云々より、人生そのものの先行きが見えていない僕に、父隆司さんは、豪速球の問いをいきなり投げてきた。

・・・続く

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