見出し画像

ものづくりを通して、問題を定義する

この春、私達アンカーデザインは新しい仲間を迎え入れました。ある程度の規模の会社でお仕事されていらっしゃる方にとっては、大学を出たばかりの方が4月に入社してくるというのは、ある意味では見慣れた光景かもしれませんが、私たちのような小さな会社にとっての新卒採用、しかもそれが会社が始まって以来はじめての新卒社員というのは、とてもとても大きな意味をもつ出来事です。

アンカーデザインは名前からもわかとおりデザイン会社です。一般的に、デザイン会社といえば、美大出身者やデザイン科出身者などデザインの専門家がたくさん働いているイメージを持たれているものと思います。そんなわけで、今回新たに加わったメンバーも、当然デザイナーなんでしょ?と思われるかもしれません。

今回、僕らが新たに仲間に迎え入れたのは大学・大学院でコンピューターサイエンスを専攻されていた方で、エンジニアとしての採用です。デザイン会社なのに、会社が始まって以来、はじめて迎え入れた新卒社員がエンジニアである、我ながらちょっと意外性があると思います。が、実はアンカーデザインにはそもそもエンジニアリングチームがあり、お客様のプロダクトをガシガシ開発していたりもするのです。

本記事では、なぜデザインにエンジニアリングの力が必要なのか、ちょっと書いてみようと思います。

良いプロダクトは良い問題設定から生まれる

私達アンカーデザインはデザイン会社ですが普通のデザイン会社とはちょっと違います。WebやスマートフォンなどのプロダクトのUIやUXデザインも多く手掛けていますが、特に、デザインリサーチを得意としています。

デザインリサーチとは人々がどのように生活をしているかを理解し、これから解くべき問題を設定することとも言えます。本当に良いプロダクトをデザインするためには問題を適切に捉えることが必要であり、デザインリサーチは良いプロダクトを作るために必要な手法と説明することもできます。問題は目に見えて明らかなことももちろんありますが、VUCAと言われる現代社会においてはそもそも解くべき問題を探すことが難しくなりつつあります。

解くべき問題を設定するための方法には様々なものがありますが、代表的なものとしてはインタビューや観察が挙げられるでしょう。人々がどのように日々の暮らしを送っているか、どのように働いているか。何に楽しみを感じていて、どんなニーズをもっており、どんな未来を望んでいるのか。インタビューや観察を通して、これらに関する知見を得て、私達がどのような価値を提供するべきかを見出す事ができます。

しかしながら、どのようなソリューションがあれば、彼らの課題を本当に解決したと言えるのか。どのようにしてその理想的な状態が実現されればより望ましいのかを具体的に特定することは簡単なことでは有りません。

インタビューや観察を通して問題を絞り込んでいくことはできますが、インタビューだけで最終的なソリューションのあるべき姿を導き出すことは難しいのです。

漠然としたアイディアを徐々に具体化していくこと

週末の予定について誰かと話し合うシーンを想像してみてください。「週末を楽しく過ごす」という目的のために「週末は映画でも見ようか」という漠然としたアイディアが思い浮かんだとします。このアイディアについて相手に提案してみると「良いね!」とポジティブな反応が得られるかもしれません。これで週末の予定は確定でしょうか?お互いが思い描く週末の過ごし方は一致しているでしょうか。

よくよく考えてみると「映画を見る」とひとことで言っても映画館に行って映画を見る方法もあれば、自宅でNetflixで映画を見る方法もあります。「どこで映画を見るのか」について話をしておかなければ、週末に映画を見るという方向性についてはOKだけれど「面倒だから外出はしたくない」と考える人もいるでしょうし、映画というのは口実で一緒に街に出かけることに重きを置く場合もあるかもしれません。

仮に自宅でNetflixを見るという方向性で合意できたとしても安心はできません。世の中には数え切れないほどの映画があります。ティファニーで朝食をのような半世紀以上も語り継がれる名作映画もあれば、最新のCG技術を駆使したSF映画なんかもあるでしょう。全米が泣くようなヒューマンドラマを見たい人もいれば、ハリウッドハリウッドしたアクション映画を見たいかもしれません。

見るべき映画が決まった。さぁ見るぞとなったとしても安心してはいけません。「タイトルやポスターを見る限りでは面白そうだったのに、実際に見てみるとなんか思ってたのと違ったな。退屈だな」と思ってしまう事もあるでしょう。

結局のところ、最後まで体験しなければ、そのアイディアの良し悪しは判断できません。しかし悪いアイディアを選んでしまうリスクを限りなく小さくし、良さそうなアイディアを選ぶ方法はあります。それは抽象的なアイディアを例えば下記のように徐々に具体化していくことです。

1.  週末の予定として映画を提案する。
2.  自宅でNetflixを見ることを提案する。
3. ハリウッド的なアクション映画を見ることを提案する。

このようにすることで、いずれかのステップで意見が別れてしまっても手戻りを最小限にすることができます。事前に何も相談もせず、何も伝えずにいきなり映画館に連れていき、勝手に予約しておいた映画を見せられる。お互いの趣味嗜好を知り尽くした関係であればこれでも良いかも知れませんが、そうでもない限りは不満が募るではないでしょうか。そもそも映画の気分ではなかった。映画館に来たくなかった、このジャンルの映画に興味はなかった。などなど。

ものを作ることはリサーチでもある

大枠の方向性としてはOKだが、内容を具体化していくにつれて想定とのギャップが明らかになることは、週末の計画を考える場合に限らず、私達の身の回りに無数にあります。

プロダクトづくりは週末の計画作りよりも複雑であることが多いです。関わる人数も多いですし、動くお金も小さいものではないでしょう。場合によっては社運や、そこで働く人たちの人生に何らかの影響を及ぼす場合もあるかもしれません。

何らかのプロダクトを作るときに絶対成功する方法はありませんが、少なくともリスクを最低限に抑え、成功確率を上げる方法はあります。それは抽象度の低い状態からリサーチと検証を繰り返しながら徐々に具体度を上げていくことです。

具体度を上げていく方法に絶対的な正解はありませんが、例えばWebアプリやスマホアプリであればこんな感じの手順になるでしょうか。

1. ラフなアイディアを作る
2. ペーパープロトタイプ(手書きのワイヤーフレーム)を作る
3. figmaなどのワイヤーフレームに落とし込む
4. 簡易的に実装してみる(ワーキングプロトタイプ)
5. 本番のプロダクトとして耐えうるように実装する

ステップを経るごとに、何を作るかが具体的に定まってきます。アイディアの段階では「営業部門が顧客とのコミュニケーションを円滑にするためのツール」のような漠然としたものかも知れませんが、ペーパープロトタイプを作ったり、あるいは簡易的に実装してみることによってそのプロダクトが本当に必要なものなのか、あるいはどうすればもっと価値のあるプロダクトになるかが見えてくるでしょう。具体度を上げる事によって、プロダクトのあるべき姿が見えてきます。

一方で、手戻りの工数というのも大きくなってきます。ですから、なるべくはじめのほうで決めきれると理想ではあるのですが、細部が適切かどうかは作ってみないとわからない部分もあります。私は手触り感と言ったりもするのですが、専門用語ではマイクロインタラクション、つまりボタンを押したときのちょっとしたアニメーションなどは、ワイヤーフレームではわからないことの一例でしょう。ボタンを押したときに、どんな事が起こるのか。これをワイヤーフレームから正確に読み取ることは非常に難しいです。

私達はAfterEffectなどの動画制作ソフトでアニメーションを作って検証することももちろんありますが、起こりうるすべてのパターンについて動画を作成することは現実的に不可能な場合もあるし、いくら動画で確認したからと言って自分自身の指で操作してみると違ったなんてことはいくらでもあるはずです。

また、別の議論として抽象度の低い状態から完成形をイメージすることはある程度の技術が必要であるということにも留意する必要があるでしょう。私達は慣れているのでワイヤフレームさえあれば完成したシステムのイメージがある程度つくこともありますが、システム開発に慣れていない方からすると、ワイヤフレームを見せられてもそこから完成形を正しく予想することは難しでしょう。

そうすると、最終的に今自分たちが作ろうとしているものが適切であるかどうかを確認するためには、ある程度具体的なもの、つまり実際に動くものを作ることが必要になってきます。

重要なことは、実際に良いものを作るためには、前述したような1、2、3、4、5のような順番に一方通行なものづくりではなく、実際に動くものを作ってユーザーに使ってもらい、フィードバックをうけて3を修正したり、あるいは2や1に立ち戻って考える事も必要だということです。

つまり、ものづくりとは、ある意味でリサーチだと捉える事ができ、ものづくりを通してこそ本当に解くべき問題が定義されることは全く珍しいことではありませんし、これこそがあるべき姿であると思っています。そして人々に適切なプロダクトを適切なスピードで、アイディアを形にしながらプロジェクトを前に進めていく必要があります。

デザイン思考とプロトタイピング

デザイン思考について学んだことがある方であれば、プロトタイピングという言葉に聞き覚えがあるかもしれません。スタンフォードd.schoolのfive stepsを始め、デザイン思考には様々な流派がありますが、必ずどこかにプロトタイピングに相当するステップが含まれているはずです。

デザイン思考のプロセスについては様々な解釈が可能ですが、下記のような四象限にわけてデザイン思考、あるいはデザインリサーチを説明することがあります。

スクリーンショット 2021-04-25 22.00.36

多くの場合、インタビューや観察等の調査は具体的な情報を扱う行為ですし、受動的な行為と言えるでしょう。一方で、集めた情報を分析するフェーズはある程度抽象的に物事を考えるフェーズであるとも言えます。そしてそこから問題を設定することは、相変わらず抽象度が高い行為ではあるものの、比較的能動的な行為でしょう。そしてプロトタイピングとなると一気に具体度が上がります。そしてプロトタイプを用いて新たな知見を得る調査フェーズに進みます。

このように、具体と抽象を行き来することによってものづくりのプロセスは進んで行きますが、このループを周回するごとにプロトタイプの具体性はペーパープロトタイプからワーキングプロトタイプのように高まって行くのが一般的です。

つまり、ものを作らずにデザイン思考、あるいはデザインリサーチのプロセスを進めようとしても、どこかで限界が来てしまいます。ここから先はエンジニアリングが必要、という場面が必ず来るのです。

おわりに


弊社が得意とするデザインリサーチやデザイン思考が、これまで以上に多くのビジネス領域に浸透しつつあります。デザイン思考と言えば新規事業アイディアを作るためのものというイメージが強いですが、既存ビジネスの更なる成長や、業務改善などに活用することもできます。特に最近ではデジタルトランスフォーメーション(DX)のためにデザイン思考やデザインリサーチを活用する事例も増えてきており、今後ますますデザイン思考に対する注目が高まることでしょう。

そうした環境の中で、正しいプロダクトを正しく作るためには、リサーチとプロトタイピングを適切に組み合わせる必要があり、そのためにはインタビューや観察に関する力だけではなく、エンジニアリングの力も必要となるのです。


===以下、宣伝===

私が代表を務めるアンカーデザイン株式会社では、デザインリサーチとプロトタイピングを通してデジタル時代のプロダクト開発に取り組む仲間を絶賛募集中です。興味のある方はお気軽にお問い合わせください。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?