パルム食べて仲直りしよ
#創作大賞2023
#オールカテゴリ部門
最近、同棲中の彼女の機嫌がすこぶる良い。
どうやら美容室を変えたらしい。
そこに気の合う美容師が居るとか居ないとか。
彼女の話はきちんと聞いているつもりだが、なにせ女の話は長い。
よく話もそれるので、何を話したいのかも分からないまま、ただただ聞いている。
寝る前の日課のそれは、彼氏としての仕事みたいなものだが案外心地良く、悪くはない。
話の最後にキスをする。
チュッと一度だけ。
一度で終わらなければその先に進む。
マンネリとまではいかないが、決して情熱的にとは言えず、それでも愛情表現は必要だ。
「ただいまー」
電気が付いている。
今日は彼女の方が早く帰ったみたいだ。
ニコニコ顔で近づいてくる…「おかえり」と。
カレーの匂い。
「カレー作ってくれたんだね、ありがとう」
ご飯もちゃんと炊いてある。
同棲を始めた頃の、カレーを作った事に満足した彼女が、ご飯を炊くのを忘れた、と言う怒るに怒れなかった思い出。
その時のうな垂れた頭を撫でたっけ。
「俺、サラダ作ろうか」
手際良く準備をする。
家事全般、苦ではない。
いや、彼女よりはずっと効率的に出来てしまう。
食べながら、やけに俺の顔をのぞき込む。
何を言ってほしいのか。
何に気付いてほしいのか、考える。
カレーの味はもう分からなくなっていた。
逆に、何かしら変化しているであろう彼女に気づき、コメントをしなくてはならない、と言う状況に居るのはよく分かる。
しかもマイナスな意味のコメントをしてはならず、褒めるの一択だけが許されるコメント。
髪の長さか?
…違う。
確か、この前切ってきたばかりだ。
微妙に短くなっていた事に気付いた俺自身に、よく分かったなと褒めてやりたい。
あとは髪型…メイク…?
ネイルか、と爪を見る。
はて…どんな爪をしていたのか思い出せない。
思い出せないので比べようが無い。
彼女の顔をあまり見ないようにして風呂に入った。
何も悪い事をしていないのに、なぜか後ろめたい気持ちになる。
皿洗いをしている彼女は、変化に気付かない俺に、そろそろイラつき始めているんじゃないか。
大きい変化ならまだしも、小さな変化など男は言われないと分からないし、下手をすると言われても分からないかも知れない。
でもそれは、好きと言う感情とは別問題。
好きだから気付いて、好きじゃないから気付かない、ではないのだ。
どんなに好きな女性でも変化に気付かない時もある。
お風呂の天井を見上げ、目をつぶる。
魔法の言葉があればいいのに。
何にでも該当する、遠回しにやんわりと、それでいて心を掴むような言葉。
インチキ占い師の、「あなたはわがままな方ですね」と言う誰にでも該当する魔法の言葉みたいに。
思考が定まらないまま、冷蔵庫のビールに手をかける。
彼女がすかさず近づいてきた。
「一緒に飲む?」
向かい合って飲む気分ではなかったが、そう言われるのを待ってるかの様な彼女に、「早くお風呂に入れば?」とは言えなかった。
「あのね、今日ね…」
お…もしや、俺からのコメントは諦めて、彼女の方から変化を告白してくれるのか…
それはありがたい。
「うんうん、何?」
前のめりに聞く。
「今日、何か気付かない?」
! そうきたか…
どうしよう。
気付かない事を認めて素直に謝ろうか。
それとも…
「ん?うん、…可愛い…ね」
ひねり出した魔法の言葉。
便利で万能、全てに当てはまる。
頼む。
「やっぱり?そうだよね!」と言ってくれ。
「そう?実はね…」と自らネタバレしてくれますように。
しかし、返ってきた言葉は、「何が?」
祈り届かず、撃沈。
完全にやらかした。
知った風な顔をせず、やはり謝るべきだった。
いつだって男が先に謝ればいいのだ。
一言も返せず黙ったまま、何度も瞬きをする。
「もういい!」
そう言って彼女は風呂に入って行った。
落ち着け俺。
ったくこれだから女は面倒なんだよ!
…などとは思わない。
何とか穏便に済ませたい。
喧嘩はなるべく避けたいもの。
スマホを握り締め外に出た。
ある日の夕方、家に帰る途中ふらっと立ち寄ったコンビニ。
店内を眺め最後にアイスコーナーへ。
パルムが俺を呼んでいる、そんなバカな事を妄想しながら。
小柄で可愛らしい女性がアイスを手に取った。
パルムだ。
直後に俺もパルムを手に取りレジに向かう。
女性は隣のレジに居た。
そして何となくその人の背中を見つめたのだった。
数日間、似たような時間にそのコンビニへ足を運んだ。
パルムを買っていたあの小柄な女性にはもう二度と会えないのかな、と諦めかけていた頃に現れた。
女性がアイスコーナーに向かうのを見計らって、自然を装い近づく。
やはりパルムを手にしている。
ナンパの経験は一度も無かったが、その時はなぜか声をかけてみようと思った。
思い返せば、女性から気持ち悪がられても無理もない言動ではあったが。
「俺もパルムが大好きなんです」
女性はニコッと会釈をしてくれた。
それが彼女との出会いだった。
近所のコンビニでパルムを買い、帰宅すると彼女が抱きついて来た。
いったい何がどうしたと言うのか。
「出て行っちゃったかと思ったよ」と、彼女がベソをかいている。
…出て行く? 俺が?
「コンビニに行ってただけだよ」
「行くなら一言LINEしてよ」
「あ、そうだよね、ごめんごめん」
「お風呂から出たらあなたが居なくなってて…心配したんだから」
…可愛い。
先程の薄っぺらいその場しのぎの可愛いとは違い、心底彼女を可愛いと思った。
俺に電話をかけようと思った矢先に、コンビニから帰って来たらしい。
「仲直りしたくてパルム買ってきたんだ、溶けないうちに早く食べよ?」
彼女が涙を拭き鼻をかみ、食べ始めた。
もう笑っている。
あれ…もしかして…
「ねー、髪の色変えた?」
「うん!少し明るくなったでしょ?」
気付いてくれた嬉しさと、パルムを食べる幸せでキャッキャしている姿を見ながら、(勘弁してくれよ、そんなの分かるわけないだろ…)と心の中で嘆く。
「美容師さんのおすすめでね、髪の色変えてみたの、いいよねー、この色」
「凄くいいね」と、彼女の髪を撫でた。
何色の髪でも構わない。
きみ自身が好きなのだから。
さすがにブリーチをされると一瞬驚くと思うが、髪が何色であろうと好きな気持ちに変わりは無い。
食べ終わった彼女に「チョコ付いてるよ」と、唇を舐めたが本当はそれほど付いてはいない。
単なるキスをする口実だ。
今夜の愛情表現は、いつもより激しくなるだろう。
情熱的で、官能的に。
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