農業から食卓までをより「エネルギー・スマート」に ~日本の消費文化改革からの食料安全保障~

https://www.nttdata-strategy.com/pub/infofuture/backnumbers/58/report03.html 

気候変動による農業への影響は、諸外国の問題などと、もう他人事ではいられない状況である。気候変動は、世界の食料システムに対する脅威となっている。

 近年の異常気象などの気候変動により、世界的な食料生産に大きな影響を受けている昨今、誰もがバランスの取れた食事をするためには持続可能な農業の実現を推進することが、かつてなく重要になっている。

 気候変動は、国内農業に大きな影響を及ぼしており、昨年夏に九州北部などで発生した豪雨災害による農業被害額は全国で約208億円、昨年10月の台風による被害額は約1300億円に上る。

 また、昨年10月の大型台風及び昨秋の長雨など気候変動の影響を受け、今冬の野菜は平年の1・5倍~2・7倍と軒並み高騰しており、我々の食生活に大きな影響を及ぼしている。カルビーは、異常気象の影響で北海道産ジャガイモが不足し、昨年4月にポテトチップスが販売休止に追い込まれたことにより、3ヶ月で約57億円の減収となった。近年の異常気象や干ばつなどの気候変動は、消費者だけではなく企業の経営活動にも大きな影響をもたらしている。

 「緑の革命」以降、化学肥料や農薬の開発、潅漑施設・農業機械の進展など、さまざまな技術革新が起こり、食糧生産量が画期的に向上した。しかし、FAO(国際連合食糧農業機関)は、2050年の世界人口100億人を養うためには、食料生産全体を現在よりも1・7倍引き上げる必要があると提言している。

 本稿では、世界の食料安定供給を図るため、国内外の現状及び欧米で注目を集めているフェイクフードや培養肉などの食品代替策等に関して概説し、日本の「食料安全保障」のためには、まずは、過剰な鮮度を求める日本の消費文化から大きく変えていく必要があることに関して言及する。

気候変動が食料生産に及ぼす影響
 気候変動が食料生産に及ぼす影響としては、主に次の3つがあり、世界の人口増加だけではなく、新興国の経済発展により急増している食肉需要への対応も含め、抜本的な対策が求められている。

(1)異常気象による収穫量の減少
 ブリティッシュコロンビア大学のNavin Ramankutty教授は、近年の異常気象や干ばつなどの気候変動は、農業先進国においても農作物の収穫量に大きな影響を及ぼしており、トウモロコシ、小麦、コメなどの穀物の収穫高が過去50年で10%も減少していることを発見した。
 気候変動に関する政府間パネル(IPCC)第5次評価報告書(AR5)では、熱帯及び温帯地域の主要作物(コムギ、米及びトウモロコシ)について、適応がない場合、その地域の気温上昇が20世紀後半の水準より2℃又はそれ以上になると、生産に負の影響を及ぼすと予測している。

 気候変動の影響により、従来の生産地でのブドウ栽培が困難となっており、近い将来、世界のワイン産地地図が塗り替えられる可能性がある。日本では、積雪地である新潟県の佐渡島において、暖地を生育適地とするミカンの栽培が増加、松山市では熱帯で育つアボカドの産地化が振興しており、産地地図の塗り替えが始まっている。
 日本の年平均気温は30年、40年ほど前と比較し0・7℃上昇しているため、同じ栽培方法では、生育状況や収量に違いが生じてくる。50年後にはミカン栽培の適地は北上し、高温障害で作りにくくなる地域も出てくるとみられる。
 将来を見据え、新しい栽培技術の導入や高温に強い他品種への植え替え、栽培作物の転換など、適地適作に関して国全体で検討する必要がある。

(3) 気候変動を加速させる世界の食料生産システム
 農業セクターは、世界の温室効果ガス排出量の5分の1を占めており、食糧供給だけではなく、気候変動緩和においても重要な役割を担っている。世界の人口増加や新興国の経済発展により食肉需要が急増し、2050年の世界のタンパク質需要は、現在の約2倍になると予測されている。
 食肉1㎏の生産に必要な飼料は、牛:20㎏、豚:7・3㎏と膨大なエネルギーが必要であり、農作物1㎏を生産するのに必要な水は、米:3・6t/㎏、牛肉:20・6t/㎏と、作物や食肉の生産には水も大量に消費されている。化石燃料依存型の近代農業は、極めて非効率的な生産となっている。
 世界の食料生産システムそのものが気候変動を加速させる要因のひとつとなっている。
食糧問題の解決策として注目されている取り組み
 気候変動が影響を及ぼす食糧問題の解決に寄与する取り組みとしては、主に次の3つが着目されている。

(1)フードバリューチェーン構築による全体最適化
 国連の調査によると、世界では食料の3分の1(20億人分、約84兆円)が廃棄されており、野菜・果物では、生産段階で14・4%、収穫前で6・9%、加工段階で8・5%、輸送段階で7・1%、消費段階で8・8%の計45・7%が廃棄されている。食品ロスは、世界的にも大きな問題となっており、主要先進国では食品ロスの低減化に向けて力を入れている。
 日本では、年間約632万tの食品ロスが発生しており、これは世界の食料援助量(平成26年で年間約320万トン)を大きく上回る量、1人1日お茶碗約1杯分(約136g)に相当する。農林水産省では、食品廃棄物等の発生抑制を図るため、食農需給マッチングシステムを構築し、バリューチェーン全体で需給を最適化する取り組みを推進している(図3)。
(2)植物工場
 世界的な食料の安定供給に向け、シリコンバレーを拠点として都市農業に取り組むスタートアップ企業“Plenty”への注目が集まっている。ソフトバンクグループは、“Plenty”の農業技術(インドア垂直農法)に対して、農業技術への投資としては過去最高となる約220億円を投資した。垂直農法は、従来の農法とは異なり、新鮮な野菜を、限られたスペースで効率的に栽培できる。
 ベルリンを拠点としているスタートアップの“Infarm”は、屋内のあらゆる場所で「垂直農法」を可能にするシステムを開発提供している。同社のシステムは、EU最大の卸売業者である“Metro Group”やドイツ最大手のスーパーマーケットチェーンにも導入されている。
 垂直農法は、食糧問題を解決するアプローチの1つとして、世界中の投資家から注目されている。
(3) フェイクフード・培養肉での代替
 米国の西海岸では、環境に優しく健康的な「次世代の食」として、植物性タンパク質を原料として肉やエビを模倣したフェイクフードが注目を集めている。食肉は一切使用せず、エンドウ豆や大豆を原料に用いて、鶏肉、豚肉、牛肉の味や食感を再現している。牛や豚などの家畜を飼育するよりも投入するエネルギーが大幅に少ないため、環境負荷が小さいとされている。
 今後の人口増加だけではなく、気候変動への関心と健康志向の高まりを追い風に、アメリカでは、Beyond Meat(植物肉)の販売額が2016年1年間で8・7%増加しており、植物を使った様々なフェイクフードのスタートアップが立ち上がっている。
 成長分野としての注目の高さは、ビル・ゲイツ氏がフェイクフードビジネスに100億円以上を投じたことからも窺える。日本では、三井物産が2015年から植物タンパクの食品ベンチャー企業に出資しており、日本をはじめとするアジア地域での事業展開を目指している。
 また、現在の食肉生産システムでは、世界で高まる食肉需要に供給が追いつかなくなってきていることから、バイオテクノロジーを使用して、牛などの筋肉細胞を人工的に培養する培養肉の研究開発が進められている。人工培養肉は、理論的には牛の筋肉細胞数個から1万t以上の牛肉が生成できるため、環境負荷が小さいとして、次世代の食材と期待されている。
 現在、2050年の人口爆発に向け、早くも『第4次農業革命』となり得るバイオテクノロジーを活用した人工培養肉など、フェイクフードの開発が急ピッチで進められている。
農業から食卓までをより「エネルギー・スマート」に
 世界が直面している最大の課題の1つである、2050年の世界人口100億人の適切な食料確保のためには、農業セクターの生産性及びレジリエンスを高める必要がある。

 一方、世界の食料生産システムそのものが気候変動を加速させる要因のひとつとなっていることから、気候変動に対応し、安定的な食糧生産を確保するためには、環境負荷を低減化する取り組み、栽培方法など、持続可能な農業へと転換することが喫緊の課題となっている。

 国連食糧農業機関(FAO)は、食料分野の化石燃料への依存率が高いこと等から、エネルギー利用の効率化、再エネの導入促進等により、農業から食卓までが、より「エネルギー・スマート」となることを提唱している。

 農業セクターにおける気候変動対策は、気候変動の緩和だけではなく、安定的な食糧生産においてきわめて重要な役割を担っている。農業における気候変動への適応策と緩和策のコベネフィットを最大化するためには、現在の農業生産システムを抜本的に改革することが必須である。

 こうした状況の中、農業にテクノロジーを導入することにより、 ”高度な知識集約・情報産業化 “への脱皮を図ることで、農業生産力の向上、気候変動対策等に貢献する可能性が開けてきている。

 2050年は、植物工場での農作物栽培が一般的になっており、食卓に培養肉が並ぶようになっているかもしれないが、その前に、日本の場合は、まずは賞味期限の延長や食品製造量の見直しなど、簡単に取り組めるところからはじめ、食品ロスを低減化していくことで無駄を省き、フードバリューチェーンを最適化するべきである。

 セブンイレブンやイオン、ファミリーマートは、食品ロスを削減するため、時間が経っても味や食感が落ちない製法に切り替えることにより、賞味期限を延長させる取り組みを始めた。これを機に、過剰な鮮度を求める日本の消費文化が大きく変わることに期待したい。

※1 FAO, How to Feed the World 2050, 2009
※2 FAO, The State of Food and Agriculture, 2016
※3 Food Security and Agriculture, World Economic Forum, 2016 
https://www.weforum.org/agenda/2016/02/could-ugly-fruit-and-vegetables-help-solve-world-hunger/
※4 国連食糧農業機関(FAO)は、2011年の報告書(人々と気候のためのエネルギー・スマートな食料)において、食料分野が世界のエネルギー消費量の約30%を占め、化石燃料への依存率が高いこと等から、エネルギー利用の効率化、再エネの導入促進等により、農業から食卓までがより「エネルギー・スマート」となることを提唱。
出所:ENERGY-SMART FOOD FOR PEOPLE AND CLIMATE Issue Paper(FOOD AND AGRICULTURE ORGANIZATION OF THE UNITED NATIONS 2011) 
http://www.fao.org/docrep/014/i2454e/i2454e00.pdf

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