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父とビールと下戸と
ビールと聞くと、何を思い浮かべますか。
喉の奥を潤す、キンキンに冷えた苦みのある味--今まで飲んだなかで、最高の一口でしょうか?
それとも、お気に入りの銘柄でしょうか。白い泡から、濃厚にたちあがる麦の薫りかも知れません。
私にとってそれは、『父親』の姿でしかありません。私は、根っからの下戸ですから。
子供の頃の夕飯の食卓を思い出すと、ビール瓶とガラスのコップは必ず登場します。記憶にすりこまれている。昭和の時代は、そういう家庭が多かったでしょう。
ビール瓶を持ち上げて、麒麟の絵を示し、父はこの中に「キリン」という文字がバラバラになって隠れている、と教えてくれました。本当かウソか、アルコールが引き出した、父なりのジョークなのか。真否はどうでもよいので、ネットで調べたくはありません。その時はなぞなぞのように思えて探し回ったものの、見つけた覚えはありません。機嫌の良い父と平和な食卓は、特別なことではないものの、忘れられない思い出です。
苦手なアルコールを飲むと、私はおなかを壊します。目は真っ赤に充血し、動悸が激しくなり、ドクンドクンと波打つのが全身で感じられます。
そんな私ですが、ビールを飲む父はいつも嬉しそうなので、お酒は基本的にはいいもの、と感じています。
父は大のビール好きで、昔からよく飲みました。
良い酔い方で、家族に直接、迷惑をかけたことはありません。
仕事で悪いつきあいを強いられていたのか、ひどい酔い方をして帰ってくる時期がありました。一度、駅の階段から転げ落ち、大怪我をしたことがあります。ふだんの冷静な父からは考えられないことで、当時思春期だった私は仰天しました。
間接的に、お酒が家族に迷惑をかけたわけですが、私はお酒が嫌になるというよりも、悪い飲み方、飲ませ方をする人を感じ取り、そういった人はつくづく迷惑だと今でも思っています。
父とビールといえば、私の結婚式のエピソードが外せません。
三十を過ぎても、女っけのない私がようやく身を固めたのが嬉しかったのか、父は瓶ビールを何本も空にし、顔を真っ赤に酔っ払っていました。
式の最後にスピーチが待っているにも関わらず。
最後に新郎新婦、両家の両親が横一列に並んだ時も、足元はふらふら、頭も前後に揺れている。ちゃんとしたことを話せるのか。とんでもないことを言い出すのではとハラハラしました。
司会者からマイクを手渡された父は、ふらつきながらも口を開きました。
至極まっとうなスピーチでした。
引き出物を渡して、式がとどこおりなく終わったあと、母が私に耳打ちしました。
「お父さん、何にも覚えてないのよ」
見ると、父は少々、バツが悪そうな、いたずらを見つかった子供のような顔です。
「何を話したのか、覚えてない」
完全に酔っ払って無意識で動くことがあっても、人間ができている父は根っこがまともだから、決して羽目を外したりしない。
この人にはかなわないな、この人が父親で良かったな、とつくづく感じました。
タカラトミーから販売されている、簡易ビールサーバー。
缶ビールに装着すると、家庭でも手軽に美味しい泡を作ることができます。
父の日にプレゼントしてからしばらく経ったあと。ふと見ると、コップに泡ばっかりをたっぷり注いでいる父。
「この泡がうまい」
ビールと聞くと思い浮かぶのは、それを楽しんでいる父の姿です。父を喜ばすビールは私の人生には欠かすことのできない存在です。たとえ、私が下戸であっても。
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