イタリア語をできないのにイタリア留学した話④〜働きたいお店と救世主に出会う〜
やる気満々だった私だったけど、
自信も失い、
自分の部屋から出たらイタリア語のシャワーだし、イタリア語聞くのも、
学校に行くのも、仕事にいくのも
全部嫌になって部屋に閉じこもってた時期もあった。
「せっかくイタリア来たのに何してるんだろ」と思いつつも何もしたくなかった。
今思えばそんな、考える時間も大切🤝
そんな中、お料理教室に誘われてあるレストランへ行く‼︎‼︎
そこは「マクロビオティックのレストラン」のお料理教室。
イタリアは日本より格段に安全な食材が溢れているけど、ここはさらに厳選した食材しか使われてなかった。
肉や乳製品、白砂糖も使わないお料理。
(新鮮な魚介類はたまにはOK)
私の魂がうずき、
ここだ!みたいな感覚がきた。
イタリア語の単語を並べて伝えた。
「わたしはここではたらきたい!」
働けることになった😭🙏✨
そして、救世主が現れたのだ✨✨
そのレストランにはmamiさんという日本人女性がいた。
mamiさんは10年以上イタリアに住んでいて
イタリア語もペラペラ。
イタリア人に向けてお料理教室もしちゃうくらい、ほぼイタリア人な日本人だった。
「うん、MIKIちゃん、上司のロベルトに話してみるよ」と掛け合ってくれたり、
ビザとかの手続き関係も全て手伝ってくれた。
イタリア語ができないがネックだったわたしには救世主。
一緒に働きながら、通訳人もしてくれた。
すっっごく優しい人だった。
この人がいたから、私のイタリア留学はたくさんのことを知ることができた。
自分の仕事をしながら、通訳をするのは大変だ。mamiさんは一度でも嫌な顔をしなかったし、どこかおばあちゃんみたいな人で、
私のサポートをしてくれた。
まさに救世主。
ありがとうmamiさん。
レストランのみんなも優しい楽しい人たちで、
大好きな仲間ができた。
仕事の後は、みんなで私の家まで送ってくれた。
治安があまりよくないからね。優しいんだ。
帰り道はみんなで歌を歌ったり、踊ったり。何かわからないけど笑っていた。楽しかったなあ。
ここにいるとき、私はすごく自然体でいられた。
実は日本にいた時、2年以上のどの痛みが取れなくて、常にのど飴やマヌカハニーが手放せなかった。
医者に行ってもなんでかわからない原因不明。
だけど、イタリアにきたら、喉が痛くなくなったの。
不思議なんだけどね。
イタリアにきて1番は「自分が自分らしくいれた」
これはイタリア人ははっきり言いたいことを言う。好きも嫌いも、愛してるも、全部伝えてくれて、自分を出して生きている。
「自分の気持ちを言う」が苦手だった私はイタリアにきたら自分の思うことも、好きも嫌いも言えて、自分らしくいれた。
だからカラダの痛みもとれた。
我慢して無理してたらそりゃ、どこか痛くなるよね。
「相手が自然体でいたら自分も自然体でいれる」
そんな本当の素の自分を引き出してくれた、
自分らしく生きている、
イタリア人が好きだ。
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