三島由紀夫との約束
この中で神津カンナが10歳の時に三島由紀夫と対談したことが書かれている。
彼女は前年に詩集を出版していた。
対談場所の銀座のレストランで三島が一番好きだという詩を朗読し始めた。
「ふんすいさん
せっかく たかいところまで
とび上がったんだからさぁ
もうちょっと とまっていらっしゃいよ
ほらそこで
その 空の青いところで
私が神様だったら
空から つりかわ ぶらさげてあげるんだけどナ
ねえ ふんすいさん」
三島は彼女に読むべき本として字引(辞書)を勧める。そして言うのだ。
「おじさんはもうすぐ死ぬけれど、そんなおじさんが責任をもってあなたに読むことを勧められるのは辞書だけです」と。
三島は2.26事件のクーデターが決起前に発覚しなかったのは料亭などで密談をしなかったからだ、青年将校は徹底的に緘口令を敷いたからだと言っていた。
この週刊誌の対談ではこの箇所が活字になる可能性は大いにある。
彼は10歳の少女だけには自分の遺書のようなものを残したかったのだろうか。
以上は彼女のエッセーを読んで知っていたが、以下のことは最近本書を読み、知った。
その年の秋、国立劇場で楯の会結成一周年の祝賀会が催された。
その祝賀会に招待状が届けられ、彼女も出席している。
彼女は言う、
「幼心ながらに私は、自分の不誠実を恥じ入った。三島さんはだった一度会っただけの、生意気な小娘を忘れず、招待状を送ってくれた。それなのに、私はあの大作家に言われた、辞書を読みなさいという教えを、たった一か月で忘れてしまっている。
信義というものの大切さを生まれて初めて知った瞬間だった。」
「三島さんは死ぬことがわかっていて、それで私に辞書を読め、と言ったのだ。いわば遺言のようなものではないか。」
死ぬまで彼女の心には三島由紀夫の言葉がついて回るだろう。
ふと「豊穣の海」の輪廻転生を見届ける本多のことを思い出した。
この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?