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『ニューギニア垂直水平航海記』峠恵子 2023年8月17日 産経新聞ビブリオエッセー掲載

著者は大学生の頃、渋谷のライブハウスで好きなカーペンターズを歌っていたところ、レコード会社にスカウトされた。その後、大手芸能プロダクションに所属が決まり、1992年にシンガーソングライターとしてデビュー。だが恵まれた人生にふと思う。苦労を知らない私が「このままでいいわけがない」と。そんな時、書店で手に取った雑誌に「日本ニューギニア探検隊」の隊員募集の記事を見つけた。
 ヨットで太平洋を渡り、ニューギニア島の大河を遡上し、オセアニア最高峰の北壁新ルートをロッククライミングする―という計画。未知の世界にチャンスを感じ、電話をかけた。
 著者と藤原一孝隊長、大学探検部のユースケの3人の航海が始まる。実はこのユースケがノンフィクション作家の角幡唯介さんで私は角幡さんの愛読者だったことからこの本を知った。後に『冒険歌手—珍・世界最悪の旅』(山と渓谷社)の書名でこの本は加筆、再構成された。
 さて旅はヨットの航海から波高し。激しい船酔いや排泄…。女性ならではのお悩みもあっけらかんと描かれる。記述は日記形式だ。
 ニューギニア島では村人との交流など好奇心いっぱいの初体験が楽しい。そしてマンベラモ川の遡上や、計画を変えて第2の高峰での極寒のビバークなどハードな挑戦は手に汗握る。虫の急襲や痒みの場面はリアルだ。
 1年余りの長い冒険。帰路のヨットは先にユースケが帰国したので隊長と二人。相模湾に入り、隊長のこんなひとことで泣きそうになる。「恵子、お前はよくやった」。
 昔、「自分探し」が流行った。私もアジア各国を旅したが「自分」は探すのではなく自らの中に構築するもの。チャンスは誰にも訪れる。

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