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「生涯学習における芸術の役割」

 「生涯学習」とは生涯において学習する行為や理念のことであり(1)社会教育的な要素を含む。「芸術」は美的な物体・空間・時間の創作活動であり、個人の精神的なものをなんらかの技術をもって他者に伝えることが「芸術」に定義される(2)。
社会的な要素が強い「生涯学習」と個人的要素の強い「芸術」の組み合わせは一見相容れないようにみえるが、生涯学習において、地域や個人を繋ぐ媒体として芸術が折々活用されている。
たとえば「アートプロジェクト(3)」などである。「アートプロジェクト」とは地域の文化や社会的な課題を場所の特性をいかした、共創的芸術活動である。
ここでは生涯学習における「芸術」の役割や意義をアートプロジェクトをとおして、明らかにすることを目的とする。
  具体例として東京藝術大学と東京都美術館が発起した「とびらプロジェクト(4)」を挙げる。このプロジェクトは「とびラー」といわれるアートコミュニケーターと学芸員や大学の教員、専門家が人と人・作品・場所をつなぐボランタリーな活動である。ここで「とびラー」の存在に注目したい。
「とびラー」は一般の人たちで構成されいる。多様な人々がアートを介して専門家達と能動的に活動することによって、任期3年を終えた後も「とびラー」はアートコミュニケーターとして社会の様々な場で活躍している。
プロジェクトの一環「MuseumStartあいうえの」は、美術館へ子供たちがただ連れていかれるという受け身ではなく、美術館へ能動的かつ主体的に関わることで深い学習につなげることが目的であり、「学校」「家庭」「あいうえのメンバー」の3者を有機的に関連させている。これは生涯学習にとって連携すべきフォーマルエデュケーション・インフォーマルエデュケーション・ノンフォーマルエデュケーションが分断することなく遂行されているといえる。
さらにプロジェクトを体験した子供達が成長して「とびラー」に志願する事例もあり、プロジェクトが持続可能なものになるようデザインされている。
よって「とびらプロジェクト」は総じて芸術による「生涯学習ネットワーク(5)」の確立に成功している事例といえる。
  ここで「MuseumStartあいうえの」の課題と対策についても述べられている。
参加する層は日常的に文化施設を利用している積極的意思のある一般家庭に偏りやすい。
そこで経済的・環境的に困難な層を対象に「ミュージアム・トリップ(6)」というプログラムが行われている。
ここで明らかになったのは本来学習が必要である潜在的な層の問題である。
この課題はどのアートプロジェクトにもおこりうるが、昨今では障がい者や子供、高齢者などを対象に意識的に社会的包摂を目的としたプログラムが一般的となりつつある。
  さらに顕在化できる潜在的学習ニーズはないのだろうか。たとえば、20代~30代の層である。
学習意欲はあるものの仕事や家庭に日々を追われ、学習時間の確保が反比例している状態にある(7)。
生涯学習は国際社会で提起された概念であるため、日本社会で学習にあてる余暇時間の捻出は難しい。
さらには乳幼児期の子供がいるのもこの世代である。育児に孤独を感じている人もいれば、美術館や図書館などは騒がしい子供を連れて行けないと断念する人もいる。
  生涯学習における「芸術」の役割はソーシャルキャピタルの獲得・地域の文化の学習・生涯学習の原理的な学習・社会的課題の抽出などである。
社会教育施設で行われる職業訓練や学力向上のプログラムなどは具体的な問題解決を目的としている一方、「芸術」は問題提起および解決の多様な面からアプローチが可能な媒体ということがわかる。
「平等でインクルーシブな社会を実現し、貧困を克服し、公正で、寛容、持続可能な知識基盤を構築する(8)」といった生涯学習の理念を広く社会的に認知するためにも「芸術」による多様な役割は非常に有用であると考える。

 註 (1)今西幸蔵『生涯学習論入門』法律文化社、2011年、1頁。 (2)ブリタニカ・オンライン・ジャパン「小項目ー芸術」 https://japan.eb.com/(2021年10月20日閲覧) (3)吉田隆之『芸術祭と地域づくり』水曜社、2021年、19頁。 (4)稲庭彩和子・伊藤達矢著、とびらプロジェクト編『美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト』青幻舎、2018年、12頁。 (5)今西幸蔵『生涯学習論入門』法律文化社、2011年、95頁。 (6)内閣府HP「平成30年度ー生涯学習に関する世論調査」 https://survey.gov-online.go.jp/(2021年10月20日閲覧) (8)今西幸蔵『生涯学習論入門』法律文化社、2011年、2頁。 参考資料・文献 ・今西幸蔵『生涯学習論入門』法律文化社、2011年。 ・笹井宏益・中村香『生涯学習のイノベーション』玉川大学出版部、2013年。 ・篠原学著・大辻都編『アートとしての論述入門』藝術学舎、2017年 ・稲庭彩和子・伊藤達矢著、とびらプロジェクト編『美術館と大学と市民がつくるソーシャルデザインプロジェクト』青幻舎、2018年。 ・吉田隆之『芸術祭と地域づくり』水曜社、2021年。 ・ブリタニカ・オンライン・ジャパン「小項目・大項目ー芸術」 https://japan.eb.com/(2021年10月20日閲覧) ・内閣府HP「平成30年度ー生涯学習に関する世論調査」 https://survey.gov-online.go.jp/(2021年10月20日閲覧)
    

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