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"井の中の蛙大海を知らず"。 本当に大海を知らないことは蛙にとって不幸なのか?前編

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学校に世界を旅する藤本正樹(ふじもん)先生が来てくださり、講義を行ってくれた。

先生はたった2時間の授業で私の心に強く刺さる言葉を沢山教えてくれた。このような貴重な記憶を忘れない為に、彼の授業を通し、日本の高校一年生(15歳)の私が学んだことについて書こうと思う。

後編では、ふじもん先生とホセ・ムヒカさんの言葉と共に、題名に沿った、私の中に新しく生まれた「幸せ」の考え方について書こうと思う。

ふじもん先生は、グローバル化とは何なのか、中学校の社会科の教師、115カ国の国での素敵な出会いとその国々の特色や美しさ、そして残酷な現実、自ら保育園を立ち上げる事、幸せとはなんなのか、ニュースの印象操作についてなどの、自らが経験したありとあらゆる事を教えてくれた。
また、ウルグアイ元大統領のホセ・ムヒカさんの国連でのスピーチも取り上げていて、ホセさんの言葉を聞いて私の価値観が一気にひっくり返った。

まず、ふじもん先生から学んで印象に残った話をまとめる。

・言葉は"所詮"言葉であるということ。グローバルに生きるためには英語は話せて当然だが、想いが無ければ相手には伝わらないこと。
いくら沢山の言語が話せていても、笑顔を大事に出来なければ何も想いは伝わらないのだ。

・逆に言えば、笑顔と動作と伝えたいという"強い想い"があれば、言葉が通じなくても伝わるということ。それはどんなに違う場所、国であっても、
 "同じ人間" であるということを強く意識させてくれた。

・そして、日本人としてこの国に生まれたことを誇りに思うこと。
ふじもん先生自身、海外で困っていた時に助けていただいた人に「なぜ助けてくれたの?」と問うた時、「あなたは日本人だから大丈夫」と言ってくれたことがとても嬉しかったと話していた。

・世界ではこんなにも貧困や水道がない事、勉強がしたくても出来ない環境が多いのに
日本は授業は当たり前に受けることが出来るし、学校に当たり前のように通える。
更に電気ガス水道食べ物交通、あらゆるものが恵まれたこの国で生まれたということは、その時点で無限の可能性を持っているということ。世界から見て日本はとっても素敵な国なのに、日本人は自分の国を誇りに思わなすぎると思った。

・「吐く」という字からマイナス(-)を引くと、「叶う」という字になること。言葉には魂が宿っていて、マイナスのことを言い続ければ現実になるし、プラスのことを言い続ければ願いは叶う。

・ニュースや記事を調べるのはとてもいい事だけど、それが全てだと思わず疑問に思う事が大事。(後ほど詳しく説明します)

などの事だった。ここまでの話はふじもん先生の視点で記している為、私の言葉ではない。
記憶に残っていたものをつらつらと書いたので、貴重なお話は他にも数えきれない程沢山して頂いた。

ここで、中学生の頃にTwitterで見かけてから私の中で心に残っていた言葉を出そう。

「世界一周をして分かったことがあった。それは、世界を一周する必要なんてないという事だ。」

これはふじもん先生の言葉ではないが、先生の「言葉は所詮言葉だ」という考え方に似たような性質を感じた。

私が感じた共通点というのは、どちらも世界を知った上で話していること。
どちらも世界を知り、現地の人々がどんなものなのか、また日本という国の中で生まれ育った価値観、世界に対する偏見や固定概念が無くなった状態で出された答えだったと思った。

この2つの言葉を聞いて、私はやっぱり世界をこの"目"で見ること、実際に経験することがとても大事だと思った。

なぜなら世界を一周する必要なんてない理由というのは、世界を一周した当人にしか分からないからだ。ただ言語を覚え、ネットで調べて日本人が纏めたニュースだけを見て全てを知ったつもりになっているような、浅はかな人間が言える言葉じゃないと思った。

だからこそ、なぜ?と思った答えは探した先にあるのだ。探した先に着いた時には、沢山の知識と経験という貴重な財産が残っていると思う。


もうひとつ、ふじもん先生の体験から考えた幸せはなんなのかという話をする。

ふじもん先生は、イラン、インド、ミャンマーの
3つの国が特に大好きだったと話していた。
それぞれの国で出会った人にご恩を頂いたこと、助けていただいた事を懐かしむように楽しそうに話してくれた。
その話の中で、とあるインドの子供たちの動画を見せてくれた。スラム街で育ち、汚れた服で、裸足で出歩いてゴミの中から物(何を探しているのかという話は忘れてしまった)を探している姿が映っていた。

でも物凄く衝撃的だったのは、そんな子供達や
ふじもん先生が関わった沢山の人々の写真を見ると、
とっても幸せそうな笑顔なのだ。
ふじもん先生自身、「この国の人達は苦しんでいるから助けてあげなきゃ」と思って行ったが、
彼らを見て「あれなんで俺ここに来たんだっけ」と思ったそうだ。

日本から1歩も出たことの無い私には、
彼らは無理して笑ってるのか本当に幸せなのかは分からない。
でもきっと、幸せなんだろうと思う。私はこんなにも恵まれた環境にいるのに、それを当たり前だと思っている恐怖や、自分自身の甘えを酷く感じた。

その時にふじもん先生は"幸せってなんなんだろう?と思いました"と話した。
その言葉が強く突き刺さった。

後編に続きます。

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