Hクリニックに相談

胃がんの手術は出来ず、また術前の腹腔鏡検査も、私にとっては絶望的な結果でした。ICUの父と面会した後、まっすぐ帰宅するか迷いましたが、職場であり父の最初の胃カメラを担当してくれたHクリニックに行くことにします。

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 Y病院を経由してHクリニックの最寄り駅に向かうバスがあり、私達はそれに乗った。ちょうど午後診が終わる19時に駅に着く。ドアを開けると、事務のパートさん達が後片付けをしているところだった。
「ご迷惑をおかけしてすみません」
「お父さんどうやったん?」
「だめだったんです。手術出来なかったんですよ…」
 それ以上はどう説明していいかわからず、また連絡しますとだけ言い、副院長のいる2診に入った。副院長は、奥の部屋で話をしましょうと胃カメラ室へ案内してくれる。父が最初に検査を受けた部屋だ。夫と私は処置台に腰かけ、副院長は丸椅子に座った。とりあえず、事の顛末を説明する。
「これからどんな風に治療していくことになるんでしょうか?」
 本来はM先生に聞くべきところだが、今はあらゆる疑問や不安を率直にぶつけ、それに対するアドバイスがほしかった。副院長は、M先生の術後説明の通り、通院で抗がん剤治療をすることになると答えた。夫も質問を投げかける。
「正直な話、わからないんです。今の状態で抗がん剤をすることに意味はあるんですか?」
 抗がん剤は副作用が辛い、苦しい割に治療効果が少ないというイメージが大きい。抗がん剤をしてもしなくても寿命が大して変わらないのなら、苦しい治療はせずに流れに身を任せた方がいいのではないか。それに対し副院長が答える。
「日本の胃がん治療は、世界においてもかなり進んでいる方です。関西では大阪大学が研究の拠点となっている。Y病院は阪大とも連携を取っているし、胃がん治療のガイドラインに沿って治療を進めていきます。それに、ここ10年ほどで抗がん剤は進化を遂げ、副作用が出にくく、がんに効きやすいものが次々と開発されている。お父さんの今の状態で、治療を諦めるのはもったいないですよ。抗がん剤が効けば、寿命が延びる可能性は大いにあります」
 そうか、と夫と私は納得する。話を続けるうちに、私は母が自宅療養していたときのことを思い出してまた泣いてしまう。副院長がティッシュの箱を差し出してくれた。
「先生、もし、治療が出来なくなって余命わずかとなったとき、父の訪問診療をお願いすることは出来ますか…?」
 検査結果が出たときから、病院嫌いな父のために、最期は自宅で看取るべきだと私は考え始めていた。「行きますよ」と副院長は答えてくれた。よかった。そのときがすぐにやってくるのか、まだまだ先のことなのかはわからないが、母のようには苦しまないように、少しでも父に穏やかに過ごしてもらいたい。
 話し終えてHクリニックを出、マンションに帰る。夫の両親にも報告の電話をし、また涙が出てくる。何もやる気にならず、夫に食事を作ってもらって何とか口に運んだ。どんなに疑問を解消しても、どんなに励ましてもらっても、すぐにまた不安に襲われる。真っ暗闇の中に突き飛ばされたような気分だった。
 疲れた。本当に、疲れた。

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