見出し画像

D・O・A 第二章 違和感

当直勤務交代後、黒須は勤務空けで帰宅した。
増改築はしているが古めの二階建ての民家が黒須の実家である。
黒須は家に着くと玄関ではなく、裏手に回って場違いに二階の部屋から垂れ下がっている縄梯子に手をかけた。
そっと縄梯子を登ろうとしている黒須の後ろから、女性の厳しい声がした。
「アキラ兄さん、またそんな所から入ろうとして!ちゃんと玄関から入ってください!」
黒須が振り向くと、弟嫁の恵実がいつの間にか立っていた。
「いやあ、訓練も兼ねてるから・・・」と黒須は苦笑しながら言い訳をした。
「ご近所さんにはそれでいいでしょうけど、家の者の身にもなってください!大体、泥棒に入ってくださいと言ってるようなものじゃないですか!」と恵実も厳しく言い返した。
黒須は「それは大丈夫だよ。これは固定もしてないし、下端は俺の頭の上だから下段に取りつくのも普通の人には難しい。おいそれと登れるものでもないよ」と、いつもの様に苦し紛れに説明した。
「とにかく、ちゃんと玄関から入ってください!」と言うと、恵実は踵を返した。
黒須も仕方なしに玄関に戻って家に入った。
 
黒須は部屋に落ち着くとベッドに横になりスマホを手に取った。
待ち受け画面に様々な通知が表示され、いつものようにスクロールして行く。
その中のニュースアプリの通知に「SAYAの訃報」があった。
黒須はスクロールを止めると無意識にタップした。
 
記事本文にはまだ死因等の情報はなく、SAYAの訃報と自宅から搬送されたという報道のみであったが、関連情報には「人気ネットタレントSAYAさん、自宅で死亡」と類似のタイトルがあがっていた。
内容はどれもまだ訃報とSAYAの略歴と写真程度のものだったが、どこも膨大な数のコメントが書き込まれていた。
ほとんどは哀悼のコメントだが、「他殺では?」という死因を疑う書き込みもチラホラ見え、まことしやかに「他殺」を仄めかす書き込みも現れ始めていた。
黒須は「みんな本当に陰謀論が好きだよなぁ。誰かが亡くなると必ず出てくるものなぁ」とつぶやきながらスマホを脇に置くと目を閉じた。
(結局、昨夜もほとんど寝る時間なかったな・・・)黒須は昨夜の勤務を振り返りながら寝落ちした。
 
数時間後、携帯電話の着信音に黒須は起こされた。
電話に出ると相手は西原であった。
西原は改めて転勤して来た事を告げ、SAYAについて警察は自殺と発表したと知らせた。
黒須も「そうですか、わかりました。今朝から問い合わせの電話がすごかったんですよ、うちの署。消防車のサイレンが鳴ると、どこですか!って電話かけてくる連中はいますけど、普通、救急車のサイレンでどこですか、誰ですかって電話かけてくる事ってないですからね」
と、署内のちょっとした騒動について話した。
「それは大変だったな」と西原は冷やかし半分で言い、「で、ショウちゃん、何か気になった事はないか?」と次には鋭い口調で聞いた。
黒須は耳たぶを触りながら、「特にはなかったですけど・・・」と考え込みながら答え、「でも自殺なんですよね?何か不審な点でもあるんですか?」と聞いた。
「医師と検視官は自殺で間違いないと言ったんだが、家族は絶対自殺じゃないって言い張ってな。自殺と断定したし、事件性がなければ捜査はしないと説明したら大変だったよ」と西原は参ったという口調で言い、「でもな、俺もなんだかしっくりこないんだ」と続けた。
「現場は見たが、特に怪しい点はなかった。だが自殺特有の匂いというか、感覚的なもんなんだが、そういうのが薄い気がしたんだ」と説明した。
「でな、もし何かあるなら搬送したショウちゃんが気づいたんじゃないかって思って電話してみた」と西原は電話の意図を告げた。
「コウ兄がそう言うなら何かあるのかも」と黒須は生返事をしながら、「俺も何となくモヤモヤした感じはするんだ」と続けた。
「だけど救急隊は人命救助優先だから、刑事のような視点で現場を見てないし、モヤモヤが残ることも結構あるよ」と説明した。
「そうかもな。TVや映画の推理物なんかだと、第一発見者の次に臨場するのは刑事と相場が決まってるが実際はそうじゃない。死亡が誰の目にも明らかでない限り、実際にはご遺体でも救急搬送される。犯罪現場かどうかなんて後からわかる事も多い。事故現場として臨場して、そこに微細な証拠や空気があれば、それに最初に接するのは救急隊員だからな。ショウちゃんみたいな記憶力のある人間や現場での経験を積んだ者なら、モヤモヤが残るのは充分に有り得ると思うよ」と、西原も同意した。
黒須は無言でまだモヤモヤの正体を考えていた。
「ごめん、ごめん、ショウちゃん、そんなに考え込まないでよ。自殺で決まったから捜査はなしだし、明日にも事件が起これば世間の関心はそっちに行くから」と西原は冗談まじりで言った。
その後は久々にお酒でも飲もうという短い会話で電話は終わった。

#創作大賞2024
#ミステリー小説部門
#救急車 #救急隊 #救急隊員 #救急搬送 #刑事 #ネットタレント  
#消防署 #警察

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?