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D・O・A 第十章 ボディ・ランゲージ

以前に西原と再会の宴をした店で、黒須と西原は酒を飲みながら密談をしていた。
酒も料理も美味しいのだが、今夜の二人にはどちらも楽しく味わう余裕はなく、ひたすら空腹を満たし、思考の潤滑油として酒を飲み、料理を食べていた。
 
「というわけで、池上陽向の過失致傷、池上家の不法侵入、磯崎玲奈の殺人未遂の三件について被害届を受理して捜査を開始した」と西原が説明した。
「その三件だけでも捜査出来る事になって良かったですよ。SAYAの時は何度か警察に相談したらしいんですが、実害がないとか、つきまといなんかも有名税と言って取り合わなかったと池上真由美が言ってました。ひどい話ですよね」と黒須は非難がましく西原に言った。
「まあそう言ってくれるなよショウちゃん。確かに警察は腰が重い。何か起きないと動かないっていう昔からの悪い慣習みたいなものもある。予防措置をもっと取れればいいんだけどなぁ、生活安全も手一杯だし、俺たちも常に事件で手一杯、こればっかりは人が増えて金がつかないと何ともならない。政治家連中を見ると殺したくなる」
酔いが口を軽くするのか、最後は吐き捨てるように西原が言った。
「それ、シャレにならないっすよコウ兄。刑事が殺すなんて、誰かに聞かれたらヤバいっすよ」と黒須が慌てて周りを見回しながら西原をたしなめた。
半個室の席ではあったが、誰が聞いているかわからないと黒須は警告した。
「まっじめ~なショウちゃんに怒られちゃった」と西原はおどけて言い、「すんません」と頭を下げた。
「コウ兄、ふざけるのは止めて。そんなもんじゃ酔わないでしょ」と黒須は騙されないぞとばかりに言った。
「バレたか」と西原も真顔に戻り、今度は声を落として話しはじめた。
 
「その三件は捜査事案になったからまあいいんだが、SAYAだっけか、あの自殺を自殺じゃないから捜査しろって未だに母親が言いに来るんだ。ファンの一部が署名活動をはじめたって言って最近では集まった署名を持って来る。捜出来ないというか、する必要がない理由をどれだけ説明しても平行線でな」と困った様子で西原が説明した。
「遺族にすればそこに訴えるしかないだろうからね」と黒須も困惑気味に言った。
 
「でさ、ショウちゃん、俺もショウちゃんも自殺に関して違和感が残るって話したよな?」
西原の問いに、黒須はうなずいた。
「新情報として澪奈が当日にSAYA宅に行ってた事、一時間前に帰宅したと言っているが曖昧な事、帰る時に口論していた事なんかが出て来た。それらが本当だと仮定すれば、他殺も充分成り立つって俺は思うんだ」と西原が切り出した。
「俺もそれは考えたよ」と黒須も同意した。
「もちろん現時点で捜査は出来ないが、捜査を開始した三件と密接に関係している。他殺の可能性があるならば、俺はそれも視野に入れる必要があると思うんだ」と西原は続けた。
黒須もうなずいて同意を示した。
「でな、この前ショウちゃんに書いてもらったメモ・・・」と言いながら、以前に黒須が書いた見取り図と西原が書き込んだメモを取り出した。
「何度これを見ても違和感はあれど、一向にわからない。ショウちゃんが気になるとすればと言って指摘したペンダントの鎖跡も、自殺でも他殺でも有り得ると検視官も言っていた。
だけどショウちゃんは何となく真相に気づいているんじゃないかと思うんだ。もう一度、臨場した時に記憶した画像を見てくれよ」と西原は縋るように黒須に言った。
「え、真相なんて気づいてないよ。何でそう思うのさ?第一、救急隊の俺は搬送時以外の情報なんか持ってないじゃないか。容疑者がいたとして、俺には捜査権もないし何も出来ないよ」と黒須は慌てて否定した。
 
「ショウちゃん、気づいてないのか?ショウちゃんは気になる事がある時、耳たぶを引っ張ったり触ったりする癖があるんだよ。知らなかったか?」と西原が説明した。
黒須は少しの間考えてから、「気がつかなかった。確かに時々耳は触るかもしれない。でも無意識だし、それと真相は関係ないよ」とこちらも否定した。
西原は前のめりになっていた体を戻すと大きく息を吐き、「悪い、ちょっと焦った」と謝った。
それでもグラスの酒を一口ぐいっと飲むと西原は、「でもな、ショウちゃんが耳を触ったり引っ張ったりする時は、真相の鍵を示している事がほとんどなんだ。俺が知る限りは100%だがな」と自分自身にも噛んで含めるように言った。
黒須は唐突に指摘された内容に思考が追いつかず、無言で固まっていた。
西原が酒をさらにぐいぐいと飲むのに釣られてか、黒須もお酒をぐいっと大きく飲んだ。
「俺にそんな第六感みたいものが本当にあるのか?」
黒須は自分に問いかけるようにつぶやいた。
「ああ。ショウちゃん流に映像記憶も出来るようになっただろう。ショウちゃんは元々、周りの雰囲気に敏感だったし、そういう類のものなんじゃないかな?まあ俺の勝手な解釈だけど」と西原が答えた。
「周りに敏感か・・・。あの頃は義母さんが妊娠しててピリピリしてたし、親父はあんなだったから無意識に自衛してたんだと思うよ。弟が産まれた後も親父は何ひとつ手伝わないどころか、俺も弟も顧みなかったからな。だから義母さんも疲弊して早々と病死したんだと思う。まあ義母さんも俺にはきつく当たってたけどね、多分親父と育児のストレスでさ。だから子どもなりに大人の顔色を察知する能力が育ったのかもね」
黒須は自嘲気味にそう推測した。
 
「話を戻すな・・・、SAYAの搬送後に病院でショウちゃんに会った時、俺たちが自殺で間違いないかって聞いたらショウちゃん、多分そうだと思うって言いながら耳たぶを引っ張ってたんだ。俺はショウちゃんが自殺を疑ってるんじゃないかって思った。で、二回目は前にここでこの図を書いてくれた時、救急隊も首吊りの現場を見ていないのを確認したろ?ショウちゃんは見てないって答えて説明しながら、やっぱり耳を引っ張ってた。だから自殺そのものか、現場そのものが疑わしいんじゃないかって考えた」
西原は一気にそう説明し、「だからもう一度、ショウちゃん達が臨場した現場を検証して欲しいんだ」と頼んだ。
黒須は少し考えると、「俺も自分で図を書いて何度も検証してみたんだ。だけど何度思い出してもわからないんだ。コウ兄の言うとおり、何か引っかかるのは俺もあるんだけど」と答えた。
西原も少し間をおいてから、「そうか。そうだよな。わかればショウちゃんが俺に教えないはずもないしな」と頭を抱えた。
 
「コウ兄、これから新情報を入れて関係者の捜査が出来るじゃないか。受理された三件は俺達が解きたいパズルのピースのはずだ。家族の事や、澪奈との本当に関係、アリバイなんかも探れるはずだろう?もし本当に自殺じゃなくて他殺なら、そっちから攻めれば解決できる可能性もまだあるよ」と黒須は前向きな言葉を選んで言った。
「ショウちゃんの言うとおりだな」と西原も気を取り直してまた、一口酒を飲んだ。
 
「で、もし他殺と仮定すると誰が真犯人かわかるか、ショウちゃん」と通常運転に戻った西原が聞いた。
「コウ兄、切り替え早!」と黒須が苦笑しながら、こちらも酒を飲んだ。
「情報から判断すれば、澪奈か家族が一番可能性が高い。だが前に話したように家族は他殺だと主張している。もし家族の犯行なら自殺の方が都合が良いから、可能性は低い。となると澪奈が一番怪しいが、彼女は一時間前にSAYA宅を出ている。仮に戻って来たとしてもSAYA宅に入り、当人の部屋まで行かなければ犯行は出来ない・・・」
西原は腕を組んで考えこんだ。
「ここしばらくの状況を見ると、池上さん宅に侵入した第三者も有り得そうですけどね」と黒須は追加した。
「SAYA自身がつきまといや追っかけに悩んでいたとすれば、そういったファンが部屋に入り込んでというのは考えられませんか」
黒須は新たな可能性として第三者の可能性を指摘した。
西原は黙って腕を組んだまま考え続けていた。
 
黒須と西原にとっては、また新たな難題を出されたような、苦い夜になった。
 
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