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D・O・A 第四章 陽向

SAYAの搬送から十日程経ち、ネット上ではSAYAの一件が収まるどころか、益々ヒートアップしていた。
コメントやSNS上での応酬もとどまるところを知らず、今では芸能人でもないネットタレントのことを週刊誌が自殺に疑問符をつけた記事を掲載し、ワイドショーや報道番組などでも取り上げられている。
 
そんなSAYA関連の騒動とは反対に、黒須は日々の勤務を淡々とこなしていた。
その日も自席で事務処理をしていると、受付から「搬送証明」で来客がありと告げられ、まもなく事務所に若い女性が現れた。
黒須は若い女性がSAYAの妹の池上陽向(いけがみひなた)だとすぐにわかった。
陽向は落ち着かない様子で入口で立ち止まっていた。
黒須は「池上さんですよね?どうぞ」と声をかけ、空いている椅子を勧めた。
 
黒須は搬送証明の申請書を渡し、「こちらの申請ですね?」と確認した。
陽向は申請書を確認すると、「はい」と答えた。
黒須は「では、記入してお待ちください」と告げると証明書の準備をはじめた。
 
申請書を記入する陽向は憔悴しきった様子で、時々涙を拭いながら記入をしていた。
証明書を準備しながら陽向の様子を見て、黒須はまた胸の苦しさを感じていた。
池上小夜も若かったが、妹はまだ学生の様に見えて一層不憫に感じた。
黒須は「搬送証明書」を作成し、申請書を確認してから陽向に交付した。
「搬送証明書」を受け取った陽向は「ありがとうございます」と言ったものの席を立つ気配もなく、黒須の顔を見て何かを言いたそうにしていた。
 
「何かご不明点がありますか?」と黒須は聞いてみた。
「はい・・・いいえ・・・あの・・・・」と陽向は視線をあちこちにさまよわせた。
黒須は席に座り直し、陽向が話すのをじっと待った。
 
「あの、姉を運んでくださった方はいらっしゃいますか?」
陽向は自分の膝に視線を落としながら聞いた。
黒須は「私が小夜さんを搬送した隊のものです」と答えて陽向の次の言葉を待った。
陽向は迷いながらも「あの、救急隊員さんも姉は、じ、自殺だと思いますか?」と涙を拭いながら質問した。
黒須は少しの間を取ってから、「救急隊の仕事は一人でも多くの人を助けるために出来る限りの処置をして、迅速に搬送することです。亡くなられた方の原因を特定するのは医師か検死官の仕事です」と淡々と答えた。
陽向はどっと涙を流し、「あ、姉が自殺したなんて考えられません。そんな様子もなかったし、来月には父に会いに家族で海外に行く予定でした。それなのに・・・」と一気に言うと号泣した。
事務室にいる署員達も何事かと黒須と陽向を見ている。
「小夜さんは残念でした。お辛いと思います。私たちも力及ばずで申し訳ありませんでした」
黒須はそう言って陽向に頭を下げた。
陽向は嗚咽しながらも、「やっぱり、お姉ちゃ・・・姉は自殺なんですよね?」と今度は反対の事を口にした。
「それは私たちには何とも言えません」と黒須は同じように答えた。
陽向はしばらく嗚咽をもらしつつ涙を拭い、姉の名を繰り返していた。
黒須はティッシュを勧めながら陽向が落ち着くのを待った。
陽向は少し落ち着くと、「わたし、わたし、どうしたら良いのかわからなくて。姉がいないなんて考えられなくて・・・」と、脈略なく言葉を発した。
黒須はそんな陽向の言葉を聞いている事しか出来ずにいた。
 
突然ブザーが鳴り響き、「救急指令、救急指令、本町一丁目、駅前大通り交差点で交通事故。負傷者一名」と署内のアナウンスが流れた。
黒須は急いで立ち上がると、「池上さん、すみません。私は出なければなりません。失礼します」と頭を下げて事務室から出た。
 
救急車に乗り込みながら、運転をする機関員が「黒須士長、大変でしたね」と声をかけた。
「あの娘、SAYAの妹だよ。姉さんを亡くして動揺しているんだろう、可哀そうに」と黒須も答えた。
「へえ、あの娘がSAYAの妹。知ってたらもっと良く見たのに」と言って運転席のドアを閉めた。
すぐに救急車はサイレンを鳴動させて出動して行った。

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