見出し画像

D・O・A 第十二章 真相

黒須は帰宅後もなかなか寝付けなかった。
仕方なく起き出し、酔い覚ましにコーヒーを淹れて自室に持ち帰った。
コーヒーをサイドテーブルに置き、黒須はベッドの上にごろんと寝転がった。
寝転がりながら黒須は、西原と整理した項目をひとつひとつ頭の中で検証して行った。
ひととおり考え終わると黒須はベッドに腰掛けて、以前に書いた見取り図を出して眺めた。
見取り図を眺めながら黒須はコーヒーを口に運んだが、すっかり冷めてしまっていた。
冷たくなったコーヒーを飲みながら、黒須は見取り図の上を確認しながらペンでなぞって行った。
「ここに患者、ドアノブ、マフラー、電源入りのPC・・・患者、ドアノブ・・・」と何回目かになぞった時、黒須の頭の中に閃光がひらめいた。
「もしかして・・・」と黒須は見取り図にドアの開く方向を書き入れた。
「何で今まで気づかなかったんだろう!俺もバカだ!これを裏付けるには、あの人にこれだけを確認すればわかる」
黒須はそう自分に言うと、西原にメールを打った。
 
翌日の午後、黒須は西原と落ち合うと、予め連絡してあった池上家を訪ねた。
要請したとおり、母親の真由美と妹の陽向が揃って待っていた。
連絡は西原がしたので、同行した黒須の姿を見て真由美も陽向も怪訝そうな顔をしたが、何も言わずに二人を中に通した。
用意された席につくと真由美がお茶を出しながら、「救急車の方でしたね。その節はお世話になりました」礼を言った。
陽向も「ありがとうございました」と頭を下げた。
お茶を出し終わると真由美も席につき、西原の言葉を待った。
 
「今日はお時間を作っていただいてありがとうございます。実はひとつだけ確認したい事があって参りました」と西原もすぐに本題に入った。
「はい、何でしょうか?」と真由美が答えると、「お聞きするのは大変恐縮ですが、小夜さんが自決された時、お母様は小夜さんが首を吊られている現場を見ましたか?」と西原が単刀直入に聞いた。
真由美も陽向も小夜の名前を聞き、一瞬で顔色が変わった。
真由美はそれまでとは打って変わって冷たい声で、「小夜の事は捜査しないと決めたのは警察ですよね?今頃になって小夜の事を調べているのですか?」と西原を詰問した。
西原も柔和な物腰で、「そうです。捜査ではありません。あくまでも他の件の参考としての裏取りです。この一点だけどうしても気になるとこちらの黒須さんが言いますし、小夜さんにお線香も上げたいと申しますのでお連れしました。警察、消防、それぞれの記録のためです」とかわした。
真由美はそれでも納得が行かない様子だったが渋々、「ええ、直接は私も見ていません。陽向から聞いてすぐに通報しました。通報している最中に陽向が小夜をドアノブから降ろしてくれました」と言い切った。
黒須と西原は一瞬、顔を見合わせた。
 
真由美の証言が出ると、隣に座っていた陽向の顔色がみるみるうちに青くなり、ぶるぶると震えはじめた。
陽向の異変に気がついた真由美は、「あらやだ、陽向、どうしたの?顔が真っ青よ、そんなに震えて」と言いながら陽向の額に手をあてた。
陽向は下を向き、首を振って真由美の手を払った。
真由美の払われた手は宙で止まり、何もかもが氷ついた様になった。
「陽向・・・」と真由美が呼びかけたが、陽向は反応せずに青い顔で震え続けていた。
 
「お姉さんの小夜さんを殺害したのは陽向さんですね?」
黒須は毅然として陽向に向かって真っすぐに聞いた。
「・・・」陽向は下を向いたまま震え続けている。
「何でそうなるんですか!小夜が自殺だって決めたのは警察じゃないですか!いきなりやって来て妹を犯人扱いするって、一体全体、どういうことですか!」と真由美も声を荒げた。
「さっきのお母様の証言で、あなたが犯人だとわかりました。私達もやっとパズルが解けた心地です」と黒須は真由美の抗議を無視して陽向に語りかけた。
「どういう事よ!」真由美が掴みかからんばかりに黒須に詰め寄った。
黒須は清書して持参してきた例の見取り図を出して真由美に向き直ると、「私がこちらに到着した時、小夜さんは入口付近にドアに頭を向けて横たわっていました。ですが小夜さんの部屋のドアは内開きです。本当にドアノブから降ろしたのであれば、ここに寝かすのは不自然なんです。後は陽向さんがご自分で話されるのが一番良いのですが・・・」と陽向に自白を促すが、陽向は極度の震えで今にも倒れそうだった。
「もう止めてください!陽向まで死んでしまいます!もう、止めてください」、真由美は最後には懇願するように言った。
黒須は陽向の脈を取り、体温を確認すると「大丈夫」と判断して話を続けた。
「もし本当に小夜さんがドアノブにぶらさがっていたとすれば、まずドアを開けるのが困難です。ドアを動かせば更に首が絞まるかもしれない。中の様子がわからない以上、簡単に動かせないはずです。仮に力づくでドアを開けたとしても、小夜さんの体はドアで押されてもっと部屋の奥まで動くはずです。そこで小夜さんを降ろしたとして、わざわざ入口付近まで動かしますか?その方が不自然です。仮にそれをやったとしても、非力な陽向さんが一人でお母様が通報している短時間で出来たとは思えません」
黒須は淡々と不自然な個所を指摘した。
その頃には陽向も両手で顔を覆って震え続けていた。
「マフラーで自決というのも滅多にありません。ですがこれを首に巻いて絞められたのだとすれば、もがいてもマフラーを掴んで首に吉川線がつきにくくなります。今回は見事に吉川線がつきませんでした。吉川線がついていれば、最初から絞殺を疑ったと思います」
そこまで言うと黒須は少しの間を取った。
陽向は顔を覆い、震えながら聞いている様だった。
「理由はわかりませんが、多分、一瞬の激高で小夜さんの首を小夜さんのマフラーで絞めてしまった。小夜さんは頸動脈圧迫で気を失いました。死んでしまったと焦った陽向さんは咄嗟に自殺にみせかけようと考えましたよね?ですがいくら小夜さんが細身であっても人一人をドアノブに引っかけるなんて重くて陽向さんには無理です。ならばと倒れた小夜さんをドアに近づくように動かし、たった今、降ろした様に錯覚させたのですよね?」と黒須は最後まで真相を明かした。
「普通の絞殺では舌骨が骨折する場合が多いのですが、陽向さんは非力の上、マフラーのような幅の広いものを使った。そのため、通常の縊死のように頸動脈圧迫で脳が低酸素になり、最後はそのために亡くなりました。見かけ上は吉川線をはじめ、他殺を示す兆候がなかったために自殺と判断されました。仲間の名誉のために言いますが、判断ミスではありません」と黒須は更に説明した。
 
「そんな・・・そんな・・・」と真由美は椅子にへたり込み、陽向のように顔を覆った。
陽向の顔を覆う手のひらからは、涙が零れ落ちていた。
「陽向、本当なの?小夜とはあんなに仲が良かったじゃないの?それがどうして・・・」と真由美は陽向の体を揺すぶった。
 
「お姉ちゃんが、お姉ちゃんが、先輩を侮辱したの・・・」と顔を覆った手の中から、陽向の声がくぐもって聞こえた。
「ちゃんと説明しなさい」、真由美は陽向を詰問した。
陽向は両手をはずし、涙でグショグショになった顔を拭いながら話しはじめた。
「あの日、帰って来たら・・・、お姉ちゃんと玲奈さんが・・・喧嘩してたの。でも部屋に入って良く聞いたらお姉ちゃんが一方的に怒鳴ってた。ず、ずっと怖い思いをしてたのに誰も助けてくれなくて・・・お姉ちゃんも限界だったんだと思う。何か言えば玲奈さんの様になるのはわかっていたから、出来るだけ静かにしてた。だけど玲奈さんに怒鳴り散らすお姉ちゃんの口から、急に先輩の名前が出たの・・・」と陽向はまた嗚咽して号泣した。
少ししてしゃくりあげながら陽向は続けた。
「先輩は私につきあってと言って来てたの。でもSAYAが私のお姉ちゃんだって知ったら急にお姉ちゃんに接近して告白したの。でもその事は私には内緒だった。玲奈さんに喚き散らすお姉ちゃんが、妹と二股かけられた屑男だって口走ったの。びっくりしたけど二股は許せないし、それだけなら私も、あんなことはしなかった」
陽向は涙を更に拭いながら、「でもね、お姉ちゃんは先輩の研究成果やサークルの実績までバカにしたの。先輩は屑だけど、研究は立派なものだったし一緒のゼミの先輩達までバカにしたのと同じ。先輩と同じサークルの私もバカにされたのと同じ。それだけは許せなかった。お姉ちゃんは自分がされて嫌だった事を、私や玲奈さんにしたのよ・・・だから玲奈さんが帰った後、お姉ちゃんにその事を謝ってって言いにいったの。そうしたらお姉ちゃんは逆切れしてもっとひどい事を喚きだしたの。私は頭に血が上って、気がついたらマフラーでお姉ちゃんの首を絞めてた・・・」と一気に言うと、大声で泣き崩れた。
「死んじゃうなんて、そんなつもり、なかったのに・・・ただ黙って欲しかっただけだったのに・・・」と後悔の言葉が陽向の嗚咽と共に切れ切れに聞こえた。
 
真由美は糸の切れた人形のように空っぽの表情でかろうじて椅子に座っていた。
あまりのショックで思考が追いついていないのであろう。
黒須は陽向と真由美に向かい、「陽向さんには自首を勧めます」と言った。
「え、どういう事?陽向は逮捕されるんじゃ・・・・」と真由美が聞き返した。
「小夜さんは自殺として処理されました。それを覆すには証拠を集めて告発しなければなりません。それには時間がかかります。仮に告発しても起訴出来るかはわかりません。
そうなれば私達がどう言おうと、真相がどうであろうと、陽向さんは逮捕される事はありません」と西原が説明した。
「じゃあ、あなたたちさえ黙っていてくれたら陽向は・・・」と真由美も言いかけて口をつぐむ。
「ええ、そうです。私達が外で何を言っても司法が認めなければネットの陰謀説と同じで、陽向さんは自由のままです」と西原も補足して説明した。
「ですが、それで本当に良いのですか?」と黒須は陽向に問いかけた。
陽向は嗚咽しながら黒須の顔をじっと見た。
「このままで居れば、陽向さんは一生自由で居られるかもしれません。でも自分がした事は忘れられない。ずっと自身を責め続けるでしょう。その苦しみを背負って自由でいるのと、罪を償って自由に戻るのと、どちらを選ぶかは陽向さん次第です」
陽向を真っすぐに見返しながら。黒須はそう言った。
陽向も真由美も、黒須と西原を無言で見つめていた。
 
数分の沈黙の後、おもむろに「ではお暇しようか」と西原が言い、黒須と共に立ち上がった。
「えっ?」と真由美が西原を見上げると、「あとは娘さんと相談してください。自首する時は連絡してください。お待ちしています」と西原は頭を下げた。
西原と黒須が部屋を出かかった時、西原が振り向いて「でも我々もあきらめたわけじゃないですよ。証拠を集めて告発はします、どんなに時間がかっても。そうでなければ必死に搬送した救急隊だって納得出来ませんから。小夜さんのご仏前にはまた参らせていただきます」と笑顔で付け加えた。
 
黒須と西原はそのまま池上家を出ると、今夜こそはと同じ店に足早に向かった。
冷たい空気がすっかり春めいて、心なしか甘い香りが混じっている気がするような宵の出来事であった。
 
#創作大賞2024
#ミステリー小説部門
#救急車 #救急隊 #救急隊員 #救急搬送 #刑事 #ネットタレント  
#消防署 #警察

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?