見出し画像

D・O・A 第三章 澪奈

黒須は翌日も当直勤務に入っていた。
午前の搬送分の記録を自席で整理していると、受付から内線で「搬送証明」の交付で来客を告げられる。
まもなく事務室に、SAYAと同年代の綺麗な女性が現れた。
黒須は空いている椅子を勧めて用件を確認した。
女性は「救急搬送証明」の交付を申し出たので、申請書を出して記入を促した。
 
しばらくの後、記入済みの申請書を受け取って内容を確認する黒須には、困惑の表情が浮かんだ。
「ええと、磯崎玲奈(いそざきれな)さん、傷病者との続柄が「友人」となっていますが委任状はお持ちですか?」と申請者の女性、磯崎玲奈に尋ねた。
「いいえ、持っていません。証明は誰でも取れるのですよね?」と玲奈も聞き返した。
「いいえ、取れるのは本人か法定代理人、決められた親族等です。友人では証明書を申請出来ませんし、本人以外は委任状や資格のある証明が必要になります」と黒須が説明する。
玲奈はがっかりしながらも、「じゃあ、他にSAYAの死因を知ることが出来る書類は何ですか?」と更に聞いた。
黒須は驚いたが冷静に「死因は死亡診断書か検案書でしかわからないと思います。それはご遺族に渡されるものです。搬送証明にもそれは書いてありません。あくまでもいつ、誰を、どこの病院に搬送したかを証明するだけのものです」と説明した。
玲奈は当惑した様子で少しの間沈黙した。
再び口を開いた玲奈は黒須に、「でもSAYAは自殺なんですよね?」と語気荒く詰め寄った。
黒須は語気の強さに面くらいながらも、「それを断定するのは医師や検死官です。救急隊ではありません」ときっぱり答えた。
黒須の言葉に玲奈はびくっと体を震わせ、うつむいて黙り込んだ。
玲奈はうつむきながらも何かを考え込んでいるように、手にもったハンドタオルを握ったり離したりを繰り返していた。
やっと顔をあげた玲奈はまだ何かを聞きたそうに黒須の顔を見たが、すぐに立ち上がって礼と詫びを言って退署して行った。
その後ろ姿を見送りながら、黒須は忘れかけたモヤモヤが胸の中に広がるのを感じていた。
 
緊張から解放された黒須は嘆息し、自分の仕事に戻ろうとしていると、昨日の若い署員が寄って来て尋ねた。
「黒須士長、さっきの女性、澪奈(れな)ちゃんですよね?SAYAちゃんと人気を二分してた?」
「申請書には磯崎玲奈って書いてあったから多分そうだろう」と黒須も返した。
若い署員は「やったー!生澪奈を見た!自慢出来る!」とはしゃぎだした。
「あのなあ、個人情報を晒すことはダメだろう!どこかでたまたま見たということにしろよ」と黒須が言い含めた。
「あ、そうっすよね。了解です」と署員は敬礼の真似をしたが、次に真顔になると「でも澪奈ちゃん、警察の発表前にSAYAちゃんは自殺だって出演した番組で訃報が伝わった時に言っちゃって、まだ何もわからないのに何でそんな事が言えるんだって大騒ぎでした。動揺して口走っちゃったと庇うのが大半でしたけど、真犯人じゃないかって言い出すのもいてコメントやSNSは大荒れでした。一夜明けて自殺と発表になっても、疑うSAYAファンからのコメント攻撃はエスカレートするばっかりっすよ。まあ、発表もされたからしばらくすれば収まると思いますけど」と教えてくれた。
黒須はげんなりした表情で、「そんな事になっているのか。ファンの気持ちもわかるが早く収束してもらいたいな。暴力沙汰とか起こして、うちらの仕事を増やさないでくれと思うよ」
と言った。
若い署員も「そうっすね。仕事増えるのは勘弁ですね」と答えると仕事に戻って行った。

#創作大賞2024
#ミステリー小説部門
#救急車 #救急隊 #救急隊員 #救急搬送 #刑事 #ネットタレント  
#消防署 #警察
 
 
 

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?