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土壌~砂漠の殆どは人間が作った~(自然栽培)

土というものは、とても面白いです。微生物の面倒くさい話になると思った方、残念でした。少し、ゆるりとした話になります。

実は、今存在している砂漠の殆どは人間が関与して作りました。
正確には、サハラ砂漠と同じような位置(北緯、南緯)にある砂漠は自然現象で作られましたが、それ以外の砂漠は、殆ど人間が作りました。

北サハラ砂漠も過去は緑に溢れていたと言ったら、信じられませんよね。それが、どうやら実際に緑に溢れていたようです。では、今どうして砂漠なのか、その原因は農業です。農学部ですが、農業が好きですが、はっきり言います、農業は環境破壊です。大事なので二度言います、「農業は環境破壊です」。

なぜ、農業のせいで砂漠が生まれたのか、私より説明が上手い方はいらっしゃると思うので、細かい内容は他の方を参考に頂ければと思います。また、他の記事で書くかもしれません。
ここでは、ごく簡単にご説明します。(「土の文明史」デイビット・モンメントゴリー著、片岡夏美 訳、築地書房 が非常に分かりやすいです。)

「農業」と言われて思い浮かぶものは何でしょうか。
多くの場合は、仕切られた農地の中に、同じ作物が単一的に栽培されて、「土が露出している」。そして、トラクターなどで肥料を与え、場合によっては水路やスプリンクラーから水を与えられる。広大な丘の上で牛や羊、ヤギが牧草を食んでいる。ビニールハウスなどのハウスの中で、果菜類や花卉が栽培されている。最近では建物の中で植物が栽培されている(植物工場)を思い浮かべる方もいらっしゃるかもしれません。
(日本では水田を思い浮かべる方も多いですが、ここでは水田は忘れてください。。。水田は農業ではチート的な存在です。)

ただ、北サハラ砂漠が砂漠になった時にはビニールハウスは無かったので、当時の農業としては大きく2パターンに分けられます。
・仕切られた農地の中に、同じ作物が単一的に栽培されて、「土が露出している」。
・広大な丘の上で牛や羊、ヤギが牧草を食んでいる。

この2パターンの農業が、砂漠をつくりました。

【仕切られた農地の中に、同じ作物が単一的に栽培されて、「土が露出している】
土が露出しているため、土からの水分の蒸発が起きてしまいます。サハラ砂漠北部や、チグリス川、ユーフラテス川の近くでは日差しが強いうえに雨が日本ほど多くないため、水路から水を引き込む必要があります。
そうすると、引き込んだ水も蒸発します。また、地下水が、毛細管現象で表面近くに上がってきて、これも蒸発します。
水の中には、植物に必要な養分が解けていますが、水が蒸発していったらどうなるでしょうか。栄養がどんどん濃くなってしまいます。人間だとどうでしょうか、、、毎日、スニッカーズや塩釜を主食にしているようなものです。病気になるし、続けていくことは出来ないでしょう。植物も同じように生きていくことが出来なくなり、やがて砂漠に変わっていきます。
また、アメリカで問題になっていることですが、土が露出して乾燥すれば、当然土が吹き飛ばされます。雨が降れば、元々乾燥していた土は、すぐに流されます。
実は栄養があるのは表面の土だけ(アメリカでは15センチ~30程でしょうか。。。)なので、栄養に富んだ土が吹き飛ばされ、流されてしまうと植物が生えなくなります。
こうして、砂漠に変わっていきます。

【広大な丘の上で牛や羊、ヤギが牧草を食んでいる】
このような農業(正確には酪農ですね)が行われていた地域は、土の栄養が少なく、穀物や野菜を育てることが難しかった地域でした。そのため、牧草を動物に食べさせ、それを人間が食べるのが牧畜・放牧になります。
ヨーロッパ北部等の寒い地域やや山岳地帯では今も盛んに行われており、半乾燥地帯でも耕作の代わりとして行われています。(アメリカ、アルゼンチン、オーストラリアなど)
ただ、牧畜・放牧も完全ではなく、草が生える速度より速い速度で食べてしまうようになると、過放牧となり、食べ過ぎて草生えない、そんな状態になってしまいます。食べ過ぎることにより土が露出してしまい、土の乾燥・流出が起こることで土地の肥沃さが失われ、やがては牧草も育たなくなってしまいます。丘陵地帯や半乾燥地域の砂漠化は、過放牧によってもかなり引き起こされました。

このような現象により、人間が牧畜を含む農業を行った地域の3分の1は、すでに耕作が不能になり、砂漠化が懸念されています。
そして、日本も例外ではありません。日本で化学肥料などを納入し、単一栽培で経済的効率をもの目始めたのはせいぜい戦後の50年ほど(終戦直後は殆どの農家は有機栽培や自然栽培を行っていた筈。)。土壌の劣化の真っただ中であり、新潟市などは対策に手を入れ始めています。

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