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静かにしてよ、ねむれないから


彼女は交通事故を起こしてばかりいる。

アクセルを踏みすぎては前方車両にぶつかりそうになるし、
時には一時停止線のはるか後方で急ブレーキを踏んで停まることがある。(なぜそんなに距離をあけてしまうのか?)
並走している車にすれすれになっていたと思いきや、今度はえらく距離を取ってガードレールのほぼ真横をびゅんびゅん走り出すのだから、助手席に乗っているぼくからしたらたまったもんじゃない。

でも、事故を起こすのは決まってぼくが乗り合わせていないときで、そういう時彼女はぼくを誘わないもんだから、悔しいかな、把握のしようがないんだ。
車の前方がひしゃげても、ボンネットから出てはいけないけむりが出ても、それでも不思議と彼女はけろっとしている。その都度ぼくは安堵とあきらめが混じったため息をつく。
なんというか、肝の座り方が違うのだ。
ぼくなんかとは。


今回の事故は見た目は派手ではないけれど、車体内部の損傷がひどかったらしく、現場に駆け付けたぼくはレッカー車が来るまで彼女の隣に突っ立っていた。
レッカー車を待つ間、彼女は目の前を走り去る車のライトをひたすら目で追う。
ぼくも真似した。
けたたましい音をたてながら遠くなっていく車体を見届けてから、ぼくたちは一番近くの駅まで歩いた。
時間にしておよそ20分。終電には間に合いそうだ。

日曜のこの時間だと言うのに、小田急線の座席は見渡すかぎり埋まっていて、ぼくたちはドアにもたれて自然と向き合う形になる。
彼女は窓に左の頬をくっつけ、外の景色をじっと見つめていた。
悲しみの色は見て取れなかった。どこかさっぱりしているように見える。
右の頬に黒い、すすのようなものがついている。出てはいけないけむりを浴びたんだろうか。

ふと、彼女がぼくを見る。目があう。どきっとする。
たしかに彼女の目にじぶんが映っているのに、ぼくのことなんか見えていないような気がするからだ。
彼女はそういう人間だ。
そういう彼女の危険性みたいなものにぼくは引きつけられている、どうしようもなく。

事故を起こしてほしくないのに、事故を起こし続けてほしいような、そんな気持ちになる。
ひどく感情的で必死になって自分勝手に近づいては、反対に近づかれたら「心外だ」というように毛を逆立たせる。
そうやってじぶんも相手も傷つけて、それでも近づこうとして、やっぱり傷つけて、最後には事故を起こす(故意か偶然か)。
その後の展開は鮮やかで、けろっとした表情でまたエンジンをかけアクセルを踏む彼女。
助手席に乗るぼく。


こんなのはすきとは言わない。すきとは言わないんです、ねぇわかりますか。


#創作 #短編 #短編小説 #小説

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