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本四連絡橋

四国の小さな街に住んでいると、行きたいライブの多くは遠征(苦笑)が必要になる。
それも、海を渡って行かねばならないことが多い。

ライブへいくかどうかは別にしても(笑)今の時代、この四国から一歩も出ないままで一生を終えてしまう人はおそらく少ない。
近年は道路も整備されたし、公共交通機関も昔よりずっと便利になった。
何よりも時代が変わった。人の動きが活発になった。

コロナ以前のことにはなるけれど、香川県と関西方面を結ぶ高速バス便は、15~20分に1本の割合になっていた。
気軽に神戸や大阪へ行くことができる。
コロナのせいで減便が続き、残念ながら今もまだ元の状態ではないけれど、今後は少しずつ戻っていくことを願っているし、期待している。


かなり前、それは本四連絡橋がすべて完成した後のこと…。
人気者の有名なニュースキャスターが、その番組内で「四国に3つの橋なんて、そんな無駄なもの、不要のものを建設しやがって…」みたいなことを(実際には、もちろんその言葉遣いではなかったが、その言い方&表情は、まさしく「しやがって…」であり「吐き捨てるようなもの言い」と「苦々しい顔つき」だった…)言ったことがある。
彼の中では「四国に3つもの橋は要らないというのが「正論」だからこその発言なのだろうと、私はそうは思ったものの、けっしていい気持ちはしなかった。四国在住者だし、すでに橋の恩恵もたくさん受けていた。


自分の意見を述べることは大事。
発言の自由も大事。

それでも…私は報道番組内でのあの「もの言い」は配慮に欠けた、と今もそう思う。
今の時代だったら、問題発言だとやり玉にあげられ、発言の撤回はともかくとして、謝罪は必要だったかも…だけれど、当時の彼の人気だとか勢いだとかその姿勢だとかを考えると、もし問題になったとしても、彼は一方的に滔々と自分の持論を述べて終わっただろうな、と想像する(苦笑)

四国以外の人からすると、人口が多くない四国に本州と繋がる橋を3つも架ける必要はないというのは、ある意味においては当然の考え方だろうとは思う。
人間、自分の生活に関係のないことに対する気持ちは、その程度というか、しょせん他人事だろう。

そして、彼の発したごく普通の「正論」に対しては、当事者側である私は、それが間違っている…とまでは言えない。


実際に住んでいるものとして、しかもその3ルートのうち、少なくとも2ルートは少なくともコロナ以前まで、かなりの回数利用してきたものとしては、今もそのときの彼の表情や言い方が脳裏に残り、それを何かの拍子にふと思い出したりするたびに、得体のしれないマイナス感情がよみがえってくるのは自分でもどうしようもない。

あのときの私は、彼が四国という場所をとても見下している、そこに暮らす人々の日常を(めっちゃ短絡的な言葉で言えば)馬鹿にしている、と感じたのだ。
あの発言は、その言い方だとか、その表情だとかからは、そうとしか受け取れないものだった。
今振り返っても、その思いは変わらない。

都会は便利でいいよなと思うことは多々あっても、それはごく単純な気持ちであり、実際に都会で生活したいとは、一度も私は思ったことがないし、四国に住んでいる自分を卑下する気持ちもない。

そういう私から言えるのは、ものごとを上か下かということでしか考えない人だからこそ、四国に3つもの橋は不要だときっぱり断言できるのだろうな、ということくらい。


彼が言いたかった四国の3つの橋とは、「瀬戸大橋」と「瀬戸内しまなみ海道」と「神戸淡路鳴門自動車道」のこと。
いちばん最初に完成した「瀬戸大橋」は、高架橋も含め10個の橋から成り立っている。
私がいちばんよく使う「神戸淡路鳴門自動車道」には、明石海峡大橋と大鳴門橋の2つの橋。
「瀬戸内しまなみ海道」も、島から島へと10個の橋で繋がっている。

だから3つの橋というのは「橋の数」ということでいえば、全然正確ではない。
そういう機会が一生ない(笑)ことはわかっていても、あのキャスターに、橋は3つどころか、全部で22個の橋だけど、それが何か?…と言ってみたい気持ちはある(;^ω^)


彼がいちばん言いたかったのは、巨額な建設費用のことだろうし、確かにその観点からすると、3つものルートすべて建設するのは無駄遣い(苦笑)で、また結局3つのルートすべて着工ということに決まったのは、政治的な兼ね合いがあったからで、それも含め、彼には苦々しい「3つの橋」だったんだろうな、と想像する。


この本四連絡橋のルートについては、私が小学生の頃から、誘致合戦というのか、このルートがいちばんいいんだ、みたいな意見があちこちで聞こえるようになり、子供たちの日常会話でもそれが話題になることがあったほど。
小学校5年のときの担任教師は、授業でそのことを扱った。
どのルートになると思うか?という生徒への質問で、愛媛ルートと答えた子に対して、その教師が激怒したのが、昨日のことのよう(笑)
「決まるのは香川ルートしかあり得ない。隣の愛媛ルートなんか絶対にあり得ない」というその言い方は強烈なものだった。日ごろからヒステリックで感情を露わにする教師だった。当時は県別に学力テストの成績を争っていた頃で、その教師は愛媛を敵対視する発言を繰り返していた。

愛媛ルートと答えた生徒はその愛媛からの転校生。
私も愛媛県生まれ、その1年前までは愛媛在住者、愛媛からの転校生だった。
私は子供心に「先生にとっては、自分の地元の香川だけが大事なんだろうけれど、そんなに香川、香川と言わなくてもいいのにな、まだ正式には何も決まってないし、先生が叫んだところでどうなるものでもないし…」と冷めた目で見ていた。

子供だった私には、地図を見ればいちばんいいのは兵庫~徳島ルートに思えた。でも明石海峡での工事が大変だろうということも言われていたから、それなら岡山~香川ルートでもいいと思った。そして広島~愛媛ルートについては、このルートはあまり現実的ではなさそう、地理的にもどうかな? 橋がたくさん必要になるはずだし、費用もかさむんじゃないかな?とそう思っていた。
その教師みたいに、自分の出身地だから愛媛がいい、とは子供であってもけっしてそうは思わなかった(笑)

その教室での出来事から4~5年くらい経った頃だったか、3ルート全部同時建設というニュースを知ったときは、かなりの驚きだった。
もうまるで子供というわけでもなかったから、ほんとに費用は大丈夫なの?みたいなことも思ったし、激しい誘致合戦で、1つのルートだけには決められなかったんだろうなとも思った。

その頃の私は、四国から海を渡って遊びに行ったことがあるのは広島・岡山。そして中学・高校の修学旅行で行った九州の各地。
大阪はもちろん、東京なんて行ったこともなかったので、橋とか道路に対して、頭ではそれは必要なものなんだろうと理解しても、実感は湧かないままだった。

さらに数年が経ち、いよいよ着工という時期にオイルショック。
このときは、もう社会人。
就いた仕事が石油関連だった(笑)から、3ルートすべて着工延期となったこともよく覚えている。


その後、計画変更などいろいろあり、それでも少しずつ着工が決まり、まず瀬戸大橋が完成し、本州と四国が繋がった。

瀬戸大橋は道路と鉄道との併用橋。
本州と橋で繋がる便利さをようやく実感できた。宇野港で連絡船を降り、岡山行の列車に乗るために走って、それは荷物が多いときなどけっこう大変だったんだということが、ようやくわかった。当時はそれが当たり前だったのだけれど、列車の乗り換えだけで新幹線に乗れるようになったのは、なんと楽なことなんだと感激した(苦笑)

それから10年くらい経ってからだったか、神戸淡路鳴門自動車道がすべて完成してからは、京阪神方面への移動はめっちゃ楽になった。大阪がとても近くなったと感じた。新幹線で行く方が時間的には早く到着するが、自動車道のルートが頭に浮かぶだけで、気分的にうんと近くに感じるようになった。

地理的にしまなみ海道を移動手段として使うことはないけれど、あのルートは観光目的には最適。景色がよくて、お魚も美味しい。
自転車でも徒歩でも渡れるので、そういう旅が好きな人にもお勧め。
ただし、橋の上まで徒歩や自転車で上がるのはかなりきついので覚悟のほどを…(笑)


今でも私は、四国から出て戻るたびに(どのルートを使っても)ニュースキャスターと小学校教諭の、あの「もの言い」が、必ず脳裏によみがえる。
それぞれの「言い方」が、その時々の私にとっては、強烈すぎた。


四国在住者としては、四国の外へ出るためには、そしてまた四国へ戻るためには、「橋」は必要。

四国は小さいけれど、横に長い。端から端まで移動すると相当の時間がかかる。本州と繋がる橋が1か所だけでいいというのは、その地形を知らないから(実感していないから)で、しばらく四国内のそれぞれの各県で生活し、その各県からの本州への移動を実際に経験したとしたら、どうだったんだろう。
そういう経験をしたとしても、彼らのああいう発言は、あったのだろうか……。

「橋」を渡るとき、そんなことを私はいつも考えてしまう。

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