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人は捨てたモノの事は忘れてしまう 断捨離について考えた

スッキリ暮らしたい。片付けをラクにしたい。持っている物のメンテナンスの時間を減らしたい。

そう考えて自分の持ち物の積極的な断捨離を少し前から続けている。

家の中にモノが入って来るのは
★買う、もらう、収穫する、作る、郵便物として届く

そして出て行くのは
★食べる、消費する、ゴミとして排出(捨てる)、あげる、売却する

入って来るモノと家から出て行くのモノのバランス。これが狂っちゃうと家の中がゴチャゴチャの収拾がつかない状態になる。買うのは楽しいけど手放すのは苦しい。何か購入する時はまずはそれを肝に銘じたい。

断捨離活動、自分の持ち物(動産)は一応全部が対象だ。女は洋服とか服飾品が多いから、勢い服とかはそのメインターゲットにはなる。

春頃から現在にかけて処分した服飾関係品

夏物のバッグ4点 皮革製品とカゴバッグ、布と革を使ったバッグ

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着物関係の色々

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買い物用サブバッグ(エコバッグの類)3点

shipsで買ったフードパーカー(ループウィーラー)

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長女からもらったフードパーカー 

カーディガン2枚

白のピンタックブラウス

伊勢木綿と皮革使いのバッグ

本を13冊

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本はブックオフへ。本ならばほぼ引き取ってくれるけど、バッグや雑貨は断られることもある。値段が付いて引き取ってもらえると、ほんのわずかな金額でもホッとする。SNSで欲しい方を募って着払いで発送した物もあれば、傷んでいたので捨てた物もある。

捨てるにしても、誰かに差し上げるにしても手放す時は少々迷いが生じる。ちょっとばかり心が痛む時もある。

そりゃそうだわ。自分が好きで買ったり中には生地を買って手作りした物もあるのだから。

こうやって文章を綴っていても、手放して良かったのか?と思う事もある。我ながら未練たらたらだわね💦

でもね、これらの処分した物はつい最近処分した物だから思い出すのだよ。1〜2年前とかに処分した服を自分は普通思いだすか?思い出したりしないんだよね、ほとんどは。


捨てる、と言うことは痛みをともなう。これまで自分が気に入って所有愛用していた品物だ。自分の人生を彩ってくれた品物なのだ。言ってしまえばそのモノには「魂がこもっている」のだよ。だから心が痛い。

ずいぶんとたくさんのモノを手に入れて、必要がなくなって手放す。それがムダな事だったとも思えるし、その経験を充分にしたから今納得して身軽な暮らしをしたいと思えるようになった、とも言える。

だけどその中で、手放したもののこと思い出すのなんて100個のうちに1つか2つある程度じゃないかと思う。


断捨離、スッキリ暮らしたい、ということを考えていたら自分がどんな風に生きたいのかに繋がる考えに至った(かも、(笑)

*パソコンが入院してしまい、スマホからの投稿です。いつもと勝手が違うしやりにくいったらありやしない。誤字脱字、前後の繋がりの変な所などもしあってもご容赦くださいませm(_ _)m







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