ナダールと19世紀パリ#18/気球との出会い
18世紀ブルボン朝まで、パリの人口は10万人前後だった。産業は市政と港湾事業である。セーヌ川は古くから輸送ルートとして活動しており、パリは内陸部にあるフランス最大級の港町だったのだ。
フランス革命によってブルボン朝が斃れると共に、王貴族/教会/農夫商人という構造が壊れ、職を求めて人々が街へ集まりはじまると、パリは肥大化した。数十年で50万都市に膨れ上がった。ブルボン朝時代の街並みに・・受け皿に・・貧富問わず無数の人々が集まったのだ。ナポレオン3世/オスマンの都市改造がこれに拍車をかけた。パリは一世紀を俟たず100万人都市へ姿を変えたのである。幾つもの大きな鉄道駅がパリ市内に作られた。サンラザール/北駅/東駅/モンパルナス/ガールデリオン。これらの鉄道路がパリを港町から一大ロジスティック都市へ進化させていった。
ナダールはそのサンラザール駅のすぐ近くに写真アトリエを構えていた。そのせいもあって様々な人々が彼のアトリエを訪ねて写真を撮った。
その様子をナダールは自伝の中で面白おかしく書いている。ナダールの視線は諧謔に満ちているが決して冷たくはなく、温かく優しい。彼らしいところだろう。人の弱さを愛し、許す心がナダールにはあった。人の弱さ・・高慢/強情/脆・虚・懦・惰弱/阿り/弱気を認め共感できる度量があった。そしていつでも新しいものに驚く心を持っていた。
新しモノ好き。これはナダールを表す最も適切なキーワードだろう。
あるとき、仕事の合間。ナダールはサンラザール駅を散歩していた。おそらくキョロキョロと行き交う人を興味深げに見ながら歩いていたのだろう。
見知らぬ男が声をかけてきた。
男はユージン・ゴダールEugene Godardと名乗った。彼は言った「気球に乗りませんか?」
唐突な申し入れにナダールはびっくりした。
「これから気球を飛ばすのですが、ぜひ一般の方にも乗っていただきたいのです。しかしどなたも乗ってくれなくて、困っております。」
「なるほど・・一般の方ねぇ」ユージン・ゴダールはナダールを知らなかったのだ。
ゴダールは、ナダールを気球が係留してある広場へ案内した。たしかに人だかりは出来ていた。ナダールは大喜びして、ゴダールと共に気球に乗った。
大きく膨らんだ気球に二人乗りのゴンドラか付いていた。紐が解かれると・・気球は大空に舞い上がった。人々は歓声を挙げ。ナダールは感動にうち震えた。
これがナダールの気球との出会いである。