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らく町まぼろし散歩#06

「これ、おいしいね」と僕が言うと、母の額にピッ!と走るものがあった。
「男はね"うまい"で佳いんだよ。"おいしい"はおんな言葉だから。」
ところが最近は女の人まで"うまい"を連発するようになった。可愛い娘路線を走ってる若い子が「うまい・めちゃうまい」を連発しているのを聞くと、あ~お里が知れるというのはこう云うことを言うんだろうなあ、と思っちまう・・実はですね「お里が知れる」と「恥を知れ」は、とても日本語的なネガティブ・ワードなんです。ま、でも最近、面と向かって「恥を知れ」と言いたくなるような言動の輩と袖摺りあうことが多くなったから、「恥」もバーゲンセールで売り尽くされちゃってるのかもしれない。

昨日、築地の「黒沢」さんに行った。
ママが「ランチは営業されてますか?」と聞いたら仲居さんが「はい!」と明るく答えてくれた。
「二人なんですが、お願いします」というと。
「かしこまりました」と言ってから、振り向きながら「ごしんきさま、おふたりぃ~」と言った。
いいなぁ、いい響きだ。「ごしんき」もちろん"新規"に御をつけたもの。奥の席に案内された。
客はウチを入れて3組。若い方はいなかった。

で。食事をしながら、母に"おいしい"をたしなめられた話をした。
「料理屋の表まわりは女の人の仕事だったからな、飲食はおんな言葉が多いんだよ。それを無自覚に使ってるのがいると、オフクロの額にピッ!てぇものが走ってたな。」
「そうねぇ、私にもよくピッて走らしていたわよ。」
「あはは♪今のお前みたいだ。いつのまにかそんな年になったってことさ」
「おあいそ、といって怒られたことあるわ。お勘定でいいの、東京は"おあいそ"といわないの!って」
「ん。おあいそは"愛想づかし"だからな、居座るイヤな客に支払書を突き付けるのが"あいそ"だ。それに御をつけたおんな言葉だ。使っていいもンじゃない。お勘定はやはりお勘定でいいだろな。
寿司屋で"あがり"とか言ってるのが居るだろ?板前も客も」
「?ええ」
「"あがり"は街道筋の宿女が使っていた言葉だ。岡鬼太郎の『東音冗語』にそう書いてある。江戸の料理屋じゃ江戸前の寿司屋でも絶対に使わない下司な言葉だ。」
「お茶は"お茶"でいいの?」
「ん。"おで"とか言ったな」
「おで?」
「番茶も出ばなの"で"だ。これに御をつけて"おで”これもおんな言葉だよ。料理屋の表まわりはおんな言葉が本当に多いんだよ。オフクロは、客がそれに巻き込まれるのを嫌ってたな。おとこ言葉・おんな言葉にうるさい人だった。」
そんな無駄話をしていると、板さんが「焼き物はこれで終わりました。よろしいでしょうか?」と言った。「あ・ありがとうございます」と僕が言うと「いえいえ、ためになるお話を伺わせていただきまして、こちらこそありがとうございます」と深々とお礼をされた。
却って赤面した。

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無くてもいいような話ばかりなんですが・・知ってると少しはタメになるようなことを綴ってみました