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ちょっとフィクション/幸せの終点。

バスの二人席を探して入った。
恋人が私を閉じ込めた。
今日は日曜日。
恋人とお出かけをする日。

私たちは思いを口にしない。
生活に必要な話ばかりする。
天気がいいとかいちごが高いとか洗剤がないとか、
外で食べるとかお風呂に入るとかセックスするとか、
疲れたとか苦しいとか気持ちいいとか、
そういう話ばかりする。

好きとかさみしいとか愛してるとか、
そういうことは言葉にしなくても、
伝わるって二人とも信仰している。

だから私は右手を握らせる。
恋人は左手でそれを弄びはじめる。
それで十分。
それが幸せだ。

恋人は私よりも少し大きな左手で、
強く掴んだり指を絡ませたりする。
少し高い体温が右手にしみ込んでくる。
それが何よりも心地よくて眠たくなって、
恋人にこてりと寄り掛かった。

恋人の余った右手はスマホをいじっている。
細長い指が軽やかに画面をタップしている。
なれた動きで文字を入力している。
その様子を左側でただぼんやりとみている。

別に見てても良いよ。
隠したいことなんてないから。

ひとのスマホ画面を見てしまう癖を、
職場の先輩に咎められたある日の夜、
不安になって恋人に聞いてみたことがあった。
恋人は優しく微笑んで許してくれた。

恋人の左手は動かなくなった。
右手は変わらず軽やかに動き続けている。
飼い猫みたいにじゃれついてみても、
左手はぴくりとも動かない。
恋人は画面から目を離さない。

ついこの間、
恋人はスマートフォンを新調した、
画面の保護シールが貼られていた。
のぞき見防止機能付き。

もうすぐバスは目的地としての、
終点へとたどり着く。
幸せな時間が終わってしまう。

バスが止まってしまうまで、
ほかの人がみんな降りるまで、
どうかまだこのままでいて。
幸せなままでいさせて。

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