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鳩の図書館(ショートストーリー)

昨年の「文学フリマ東京37」にて頒布された『鳩のおとむらい  鳩ほがらかアンソロジー』(発行:鳥の神話) 収録の「鳩の図書館」というショートストーリーを公開いたします。
本の話ということもあり、紙書籍で読んでいる雰囲気を味わっていただきたく、文庫ページメーカーを使用しました。(末尾に通常の横書きも掲載しております)
約2000字の作品ですので、気軽にお楽しみいただければ幸いです🕊



鳩の図書館

 ああ、その伝え話ですか。よくご存知ですね。そうです、その町には私の曽祖母も暮らしていました。
 人生の残り時間が少なくなった年寄りには『鳩の図書館』が訪ねてくる――
 みんなは余命少ない高齢者を慰めるおとぎ話と思っているみたいですが、私は見たことがあるのです。幼い頃に一度だけ、鳩の図書館を。
 言い伝えでは、白い鳩が窓からふわりと飛び込んできて、その足に掴んだ書物を落としていくという話ですが、私が遭遇した鳩の図書館は少し違っていました。
たしかに白い鳩ではあったのですが、鳥かごに入れられていて、ひとりの男が連れ歩いていました。その男は空色の山高帽を被り、同じく空色のジャケットを着ていました。
 出会ったのは、曽祖母の家の前でした。短い間ですが、私の家族も近くに住んでいたことがあって、私もたまにひとりで遊びに行っていたのです。
男は呼び鈴を押そうとしていました。
両手に鳥かごを下げ、背中にも積み重ねた鳥かごを背負っています。なかの鳩はどれも真っ白で、すらりとした首と黒曜石のような目が美しかった。まるで鳩たちが主人で、男のほうが従者みたいに見えました。
「だれ?」
 幼い私は警戒心もなく話しかけました。彼はちょっと驚いた顔をしましたが、すぐに微笑んで言いました。
「鳩の図書館です。新しい本を届けにきました」
「はとのとしょかん?」
「すみませんが、帽子を取ってもらえますか」
 膝を曲げて、姿勢を低くしました。私が背伸びをして山高帽を取ると、そこに白い鳩が一羽いました。
「それでは、ひいおばあさまによろしくお伝えください」
 男の頭から鳩はパッと飛び立ち、一瞬、白い翼で私の視界を覆いました。くるりと旋回し、ちょこんと私の頭にとまった時には、すでに男の姿は消えていました。
 私はなにか奇妙に感じましたが、まぁいいかと思いました。五歳でしたから。
「ひいばあば、あそびにきたよ」
 勝手に家のなかへ入りました。田舎なので鍵はかかっていません。明るい廊下の奥から「いらっしゃい」という返事が聞こえると、鳩はバサッと羽ばたき、曽祖母の部屋へ飛んでいきました。
 鳩を追うようにして部屋に入って、私は驚きました。そこには、たくさんの白い鳩がいたのです。
タンスの上にも、本棚の上にも、カーテンレールの上にも、すらりと首を伸ばした白い鳩が止まっている。つい数日前にも遊びにきていたのですが、その時は鳩なんて一羽もいなかった。
 ベッドから上半身を起こした曽祖母は、老眼鏡を指で下げながら「よく来たね」と笑顔を浮かべました。その手元、布団の上にも白い鳩がいます。その鳩は仰向けにお腹を見せ、翼を広げて横たわっていました。
 見ると、きれいな風切羽の一枚一枚に、びっしりと小さな文字が書かれています。本のページのようでした。それに羽根の数は普通のものよりもはるかに多くて、三重四重に重なるように生えていました。だから仰向けになった姿は、まるで開かれた書物そのものだったのです。
「新しい本が届いたみたいね」
 皺だらけの指で並んでいる鳩を指差しました。私にはどれも同じ鳩に見えたけど、彼女はいま来たばかりの鳩がわかるようでした。
「なんで鳩が本になってるの?」
「そりゃあ、だって、年を取ったら本を返しにいけないからよ」
 当たり前のように曽祖母は言いました。
「鳩は自分でお家に帰れるでしょ。本の鳩も、自分で自分の本棚に帰るの。年寄りには大助かり。だから歳を取ると『鳩の図書館』が来てくれるのよ」
「ふぅん。面白い?」
「もちろん。でも子どもには少し難しいかもね。さぁ、届いた本を読もうかしら」
 曽祖母が手元の鳩を起こすと、べつの一羽が布団に降り立ちました。鳩は自分から仰向けになり、文字の書かれた白い翼を大きく広げ、黒い瞳をうっとりと細めました。鳩にとっても読まれるのは気持ちがいいみたいです。
「少しの間、静かにしててね」
 私はベッドの足元にしゃがみ、鳩の数を数えることにしました。鳩が動くので何度も何度も数え直したのを覚えています。だいぶ時間をかけて、ようやく数え上げることができました。
「じゅうにわ!」
 曽祖母に報告しようと、私はベッドによじのぼりました。彼女は微笑んだまま動かなかった。眠ったのかと思いましたが、その目は開いたままでした。
 すると、読まれていた鳩が羽ばたきました。まわりの鳩たちも一斉に飛び立つと、大きく開いた窓へ向かいました。さっきまで閉まっていたはずなのに。
 鳩たちは行儀よく並んで飛び出していきました。一羽、また一羽……私は数えました。九、十、十一、十二……
 十三羽。
 一羽、増えていました。
 鳩たちが帰っていく姿を見送りながら、増えた一羽は曽祖母なのだと、なぜか私にはわかりました。五歳でしたけどね。
彼女の翼にはどんな物語が書かれていたのか。いつか鳩の図書館が、あの空色の男が訪れた時、きっと私にも読むことができるのでしょう。いまはそれが楽しみなのです。




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