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奇跡を撃て (ちくま800字文学賞応募作)

 今年は数十年周期で訪れる、〈奇跡〉の大繁殖の年だ。
 
 私は明け方に緊急招集されて、この海岸へと配置された。
 潮風でべたつく掌を銃身に添え、岩場に身を伏せている。
 すでに弾は装填してあった。弾丸は「厳しい現実」を原料とした特別製。一発で〈奇跡〉を撃ち砕く。
 この日のために奇跡狩りの免許を取ったのだが、こんなに早く本番を迎えるとは思わなかった。
 
 見上げると、太陽と月が並んでいた。目の前の海も真っ二つに裂けていく。
 すでに〈奇跡〉の繁殖が始まっていた。
 浜辺ではプロポーズを成功させた青年が恋人を抱き締め、クジを手にした老夫婦が「七億円だ」と踊っている。
 崖の上では生き返った死者たちが卒塔婆を振り回し、そこへスーツ姿の人々が駆け寄って「逆転勝訴」と書かれた紙を大きく広げる。
 私の鼻先では蟹が縦に歩いていた。
 まずい。予想以上に〈奇跡〉の繁殖力が強い。ここで抑えなければ。
 ターン、ターン・・・・・・
 潜んでいる仲間が発砲した。
 勝訴の紙は白紙となり、死者は骨に戻り、青年はフラれ、老夫婦はクジを破り、月は消えた。
 私も蟹を撃ち、さらに銃口を海へと向ける。
 裂けた海の隙間にひとりの男が立っていた。照準器を覗いて、あっと息を呑む。
 
 それは五年前に別れた恋人だった。
 
 銃を放り投げ、岩場から走り出す。
 ターン。海が閉じた。
 ターン。彼が消えた。
 ターン。私は胸を撃たれ、波打ち際に倒れ込んだ。
 驚いた蟹が走る・・・・・・縦に。私が撃ったはずなのに。
 その瞬間、思い出した。
 そうだ、私は蟹にすら弾を当てられない。
 奇跡狩りの実技試験に落ち続けた。最後に不合格をもらった日、彼にひどく八つ当たりをして喧嘩になり、私たちは別れた。
 それから試験は諦めた。
 なのに昨夜、急に五年前の補欠合格の知らせが届いて・・・・・・
 
 「きみが合格できたら奇跡だよ」
 彼の最後の言葉が耳に甦った。
 
 胸にめり込んだ弾をえぐり出す。
 海に向かって、思いきり「厳しい現実」を投げつけた。




第1回ちくま800字文学賞 (2022年) に応募。
3次選考(応募総数1005作品→44作品)まで残った作品。

坊っちゃん文学賞の4000字でさえ、もっと書き込みたい自分との戦いなのに、800字なんてもはや修行。詩人や歌人は本当に凄いなと思う。

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