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書けん日記:12 汝の名は、牛丼(つゆぬき特盛)

ある平日の午後――
T氏「何度かここで牛丼をネタにしておるが。ゲーム業界の苦闘を乗り越えさせてくれた牛丼の味、というくだりもあったな」
不肖「ええ。鉄火場の前にかきこむ牛丼の味。あれは格別ですなあ」
T氏「毎日コツコツと、納期までに書けば鉄火場デスマにならなくてすむのに」
不肖「……あまりに美しい理想は、人を苦しめる――すみませんスミマセン」
T氏「そもそも。お前はまだ現役の物書き、ゲーム業界人だろうに。なんで終わったていで話をしているのか」
不肖「アッ」
T氏「牛丼、もう一杯だ」
不肖「もう2杯もやりましたよ、2杯で十分ですよ」
T氏「うるせえ3杯めだ。それが終わったら締め切りブッチしてるアレやるんだよ」
不肖「スミマセンスミマセン ……牛丼食べてきていいっすか」

牛丼。
私にとっての魅惑、美味。そして活力の石炭となってくれる、丼一杯の糧。
私を人間火力発電所にしてくれる、最近だと歳のせいで完全燃焼しなくてドカ食い気絶部になってしまうこともあるカロリーの塊。牛丼。
中学生の時に初めて食べたその味は、忘れもしない。
そして東京に這い出した私が、様々の労働を這いずって、小銭をつかんで。自分で稼いだ金で飢えた口に、空腹にかきこんだ牛丼の味。その温かさと滋養。忘れようもない。

私がなんとかゲーム業界に潜り込み、なんとか。それなりのお賃金をもらうようになってからも――仕事に気合を入れるとき、あるいは鉄火場明けで納期を切り抜けたとき。大抵は明け方、あるいはド深夜にかきこむ牛丼もまた、生き延びた、命の味としてこの身にしみている。
……まあ、そういう鉄火場を切り抜けた、成功体験。

これが、本当によくない――と。
書けん物書きで、この歳になってようやく身にしみてくる。
「成功体験」というやつの、危うさ。
いや、牛丼はいいのですよ。牛丼には罪はないのですが……鉄火場、締め切りや修羅場のギリギリで牛丼かっこんで、徹夜状態で、限界状態の生み出すアドレナリンとかいろいろで仕事をかっとばし、そしてアウトかセーフかよくわからん状態で、なんとか仕事を終わらせる――
そして「ああ、今回もやりきった。生き延びたぜ」という成功体験は、いともたやすく物書きの「呪い」となる。
ふつうに、スケジュールが手堅いお仕事でも、なかなか手を付けず、書かず進めず。ぎりぎりになるまでグダグダしてから、破滅寸前で自分に「修羅場だ」ドーピングして、またギリギリの仕事をするくせがつく。
これで、たとえ仕事を終わらせテキストなどを納入出来たとしても――周囲には迷惑をかけ、自分はまたも締め切りギリギリで……またも成功体験という呪いと、周囲への迷惑という負債だけが溜まってゆく。
そして、ある時……「呪い」は正体を表す。
薬物、麻薬と同じ。最後は、成功体験すら得られず、仕事が破綻して……破滅。
そうならなくても、ギリギリ仕事が癖になって、いっつも納期がグダグダになって――8月31日の小学生のような有り様でいつも仕事が間際間際になって。誤魔化し誤魔化し納品、それが成功体験になって、また……。
地獄というものの大半は、自分が作り出して、自分が落ちる。
という世の摂理も、ようやくこの歳になって身にしみて。
それでも……ああ、牛丼。命の味。

そんな、牛丼。様々の思い出の、ひとつ――
私の、物書きそして武術の師匠である、A先生。先生とお仕事を一緒にするようになった頃。A先生は執筆業、そして編集者でもあり、先生についていた私にとっては綺羅星のような、何人もの作家さんにお会いし、お話をし、知り合うという機会を頂いていた。そんな頃。
冬の、寒い夜だったと記憶している。
ある大手出版社に原稿を届けた先生と私は、そこで。先生の知り合いに、編集者さん、そして当時大手少年週刊誌で連載中の人気作、その原作者のN先生とお会いした。
編集部で少し話し込んだA先生と編集者さんは、
「せっかくですからどこかで食事でもしませんか」
「でもこの時間だと、牛丼屋くらいしかあいていませんなあ」
――という流れで。編集者さん、原作者のN先生、A先生、そして私の四人は深夜の牛丼屋に向かい、そこのテーブル席で会食、という運びとなった。
編集者さんとA先生は、世間話と業界話に花を咲かせていたが……。
「――…………」
N先生は、編集部からずっと無言で。この中で一番格下の私は、問いかけられでもしない限り口を開くこともできず……。
(N先生、無口な人すぎる。あんまりかかわらんとこ……)
と、私がA先生の会話にうなずくだけのマシーンとなっているそこに、四人分の牛丼が運ばれてきた。
いただきます。……あんまり味のしない牛丼に私が箸をつけ、編集者さんとA先生、そしてずっと無言だったN先生も、深夜の牛丼を口にして。
そのN先生が、ひとくち食べた牛丼の器を、箸をおいて。そして
『この牛丼屋。シェフが変わったかな』
……と。それだけ言って。また牛丼にがっついていた。
私は。完全に不意をつかれて、噴いた。文字通り、飲んでたお茶をふいてしまい……横にいたA先生もむせて「この野郎」と笑い、編集者さんも笑い、そして食と会話を続ける。
私といえば……完全に「ツボ」に入って。この場で笑いだして「ンモー。なんすかそれえ」などとツッコミを入れることは絶対に許されない。その空気の中で私は、痙攣のような笑いをこらえて、食べかけの牛丼に……向かっていた。
そんな思い出。
今となっては、N先生があの渾身の一発をかますために、ずっと黙っていたのか――あるいは、N先生は天然だったのか、わからない。
だが、私はその場で。
「不意打ちのギャグは危険物だが、火力が上がる」
「重苦しい雰囲気の中で差し込むギャグは清涼剤となるが、信管を咥えた不発弾なみの危険物」
……と、それからの物書き生活で何度も使うことになる、シリアスで陰惨、残酷無惨なシーンの中でスッと差し込むギャグシーンの使い方を学んで……今に至る。
そんな、牛丼の思い出。

そんな私は。こちらのnoteで頂いたサポートで、また牛丼を食べて。
しばらく滞ってしまっていた、アメリカンなマフィアもののテキスト、まさかの新キャラ登場の活力にさせて頂きつつ、
「失敗は成功のもと」という格言の裏に隠れた罠、「成功は失敗の種子」であるなあ。と身にしみつつ、書けん物書きのこの身を動かして、キーボードを叩き続ける。
――牛丼つゆぬき特盛り。これは、きく(坂口安吾先生風)

…………。寝てしまいました テッテレー朝日の効果音


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