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書けん日記:39 灼熱 三河大砂漠 にて

2024年、夏。7月、そして8月。
連日、真夏日どころか災害レベルの酷暑に見舞われてしまった日本。
不肖が這いつくばって暮らすここ中部地方、三河でも、日中の最高気温が毎日38度、酷い日は39度、40度に達する日が続き――しかも、7月末からほとんど降雨がない、乾ききった灼熱の大地となった三河。農業用の溜め池の水も枯れ、稲、他の農作物の生育にも問題が出る。
灼熱の、夏。

・Meet1 草ぼうず

連日、WBGTの危険アラートレベルの灼熱、酷暑が続く。

……だが。
あのアメリカ海兵隊ですら訓練は基本禁止となる危険な熱さの中、農夫たちは、そして農奴堕ちした不肖は現場に出る。
熱中症不可避、屋外の運動と労働は原則中止の熱さの圃場、田んぼに……働きに出る。

それは、草刈り、除草剤や薬剤の散布、灌水など。この季節に絶対にやらねばならない農作業があるから。
そして、農奴はおちんぎんほしさから。太陽の下に、出る。
作業の始まる朝9時に、すでに圃場の気温は32度を超え、昼前には37~38度に達する。そして作業の終わる18時まで、その危険な高温は続く。

もはや、そこで働く不肖は農奴というより……金欲しさ。命を切り売りする最底辺の傭兵である。
人体の平熱を越えるような高温、灼熱の日差しの下では、センチメンタル根性論はもはやなんの役にもたたない。
いくら覚悟があっても、装備、そして準備もなしでは冗談抜きに 死 があり得る灼熱の屋外。
そんな、灼熱の圃場で生き残って作業する農奴、その秘策ラストリゾートとは――

酷暑への対策は、前夜から始まる。
まず夕食は21時までに食べて、そのあと23時までには必ず寝る。翌日の内臓に、余計な消化の負荷をかけない。
そして作業当日。朝6時に起き、朝食を済ませて、支度をして出発。
現場で、その日の作業のミーティングと仕切りを済ませて……現場へ。

もう雨は3週間近く降っていない 草が希少な用水を吸い上げてしまう

この季節、農奴のメインの仕事は田んぼの畔、土手などを埋め尽くす雑草への対策、草刈りが主なものとなる。
除草剤を散布するにしても、まずは人の腰ほどに伸びた雑草を刈り払い、そこから草が10センチほどに再生したところに散布するのが効果的――そのために、農奴は愛用のエンジン型チップソーとともに現場に出る。
この酷暑だと、バッテリー式草刈り機は、すぐにバッテリーが上がってしまい使い物にならない。
最後に物を言うのは内燃機関、ガソリンの爆発力。

そして――
農奴は、専用装備に身を包む。…………とは、言っても。

これは ひどい

T氏「ごめん、こんなん笑うわ」
不肖「自分で改めて見ると、やっぱ不審者ですなあ」
T氏「具体的に何が悪いか申し上げますと サングラスとマスクがあかんと思う」
不肖「フェイスガードとか、いろいろ試してみたのですが。息苦しかったりでけっきょくここに落ち着いたんですよ」
T氏「三河大砂漠の草ぼうずかな」

見た目は、もうどこに出しても恥ずかしい不審者である。
だが、それでも――この不審者スタイルは、酷暑の中、災害級の日差しの下で活動するために選ばれ、磨かれた装備なのだ。
まずは上から……。
帽子は、内側に汗吸着のバンドが付いた麦わら帽子。厳しい日差しと汗にやられて、1シーズンでぼろぼろになってお役御免となる。
そして、多少ホモの香りのするメッシュシャツ。その上に、チップソー専用のハーネスを付ける。よくある肩掛け式のチップソーバンドでは、長時間の作業では肩が痛くなる。
そのベストの下に――この装備のキモ、目玉。

「MIZUNO」の最新鋭インナーウェア、吸汗速乾シャツ。これを地肌に着て、そこに同じく速乾のアームカバーを装着、首元をやはり速乾タオルをガード。
このインナーウェア、まじですごいんです。未来に生きてる感ある。
まず、インナーを着た瞬間……汗ばんでいた肌から汗が吸収され、スーッと体表が冷える。そのまま装備をつけて現場に出ても――

酷暑で汗をかく → 汗が速乾、気化熱で体表が冷える → 作業で汗が(繰り返し)

これが、ひと昔前の速乾シャツとは性能が段違い。もうSF感、無敵感すらある。帽子とメッシュジャケットで日除けさえしていれば、気温38度の圃場での肉体労働を可能にするスグレモノ。
空冷服の下にこれを着れば、さらに効果的らしいのだが……。
まだまだお値段が高い空冷服、そしてバッテリー。それを装備するにはまず、おちんぎんを()。……ブラック企業で揶揄されていた、残業代でエナジードリンクを買うが如き。

こうして耐熱装備に身を固めたあと、速乾タオルで頬かむりをして顔と首筋を日焼けから守り、マスクをして口から余計な水分が呼吸で揮発するのを防ぐ。
さらに、遮光防塵ゴーグル、手には万が一の事故を防ぐ防刃グローブ。足元は、つま先と靴底に鉄板の入った長靴を装備。
これが、三河大砂漠で生き延びる農奴の基本装備となる――その外見は、絵に書いたような不審者。

対灼熱用の装備、準備はこれだけではない。
無敵感のある速乾インナーウェアではあるが……この熱さと日差しの下では、汗の蒸発が進みすぎてしまう場合が往々にして、ある。そうなると、インナーの下が日差しにあぶられている、火傷しそうな暑さを感じる。これは危ない。
発汗が間に合っていない、その場合は……頭から、背中まで水をかぶる。原始的だが、簡単かつ効果的。問題は、そのための水を現場に持ち込まねばならないこと。

そして……もうひとつ。これは、背に腹。致し方ないやつ。
アメリカのギャング、電柱野郎が やれやれ と肩を竦めるが致し方ない。
この不肖めは、ふだんから。暑いときでも極力、冷たいものは飲まない、内臓は冷やさないように努めているのだが――この酷暑の現場では、その健康法を引っ込めるしかない。
速乾インナーで体表は冷えていても、灼熱の日差しの下の労働では、徐々に、じわじわと体温は、身体構成物質の保有熱量は上昇してゆく。
30分くらいに一度、体を内部から冷却、血液を冷やさないと熱中症の症状が……出る。
そのためには――
現場に、氷水を持ち込む。以前の日記でも取り上げた、自家製経口補水液もボトルごと凍らせ、現場で溶けて冷たい飲料として、飲む。ただの氷水も、大量に飲む。
「あっ、今日の現場はやばいな」というときには、神の水たるOS-1も、氷で冷やして飲む。

T氏から支給されたOS-1 通称「白玉」は生命線のひとつ

午前中だけで、体にかけて冷却する水を2リットル。飲用の氷水と経口補水液でも2リットル以上を消費する。
正直、腹が冷える。内臓には、かなり良くないが……まさに、背に腹。

あのギャング野郎も、ロックウェルの真夏では、氷水こそ飲まないがかなり泥臭いサバイバルで岩砂漠の酷暑を切り抜けているはず――これからは、砂漠初体験の恋人と部下も一緒に。

そんな現実逃避も交えつつ――農奴は毎日、元気に働いています。


・Meet2 草刈りと狐と夏の終わり

灼熱の草刈りの日々――
世話になっている弟氏の仕事場では、水田だけで何百枚も圃場がある。あそこを刈ったら次、そこに別のチームが除草剤を散布、別のチームが機械式の草刈り機、トラクターで動かすハンマーナイフモアなどで草を刈り、この不肖は機械が入れない小場所、地形、足場の悪い圃場の草刈りに投入される。
除草剤を撒いても、1ヶ月後にはまた草は生い茂る。そして、場所によっては除草剤が使えない圃場も多い。
連日の草刈り、終わらないその労働……に思えても、やはり節目、作業の終わりは来る。
8月の最初の週が終わる頃、草刈り作業はいったん、終わる。
そして社員たち、アルバイト、シルバーのパートさんたち。不肖にも、夏の休暇――
そう、お盆休みがやってくる。
農業に従事する社員たちは、家族持ち、実家暮らしの人が多いため、どんなに忙しくてもお盆休みはしっかりと設定される。
そのスケジュールに合わせ――お盆休みの前の、草刈り最終日。受け持ちの圃場をつるっと刈り終えた不肖に、弟氏から電話がかかってくる。

弟氏「兄ちゃん、いまどこ? ああ、そこ終わった、おつかれ。ちょーっとね、行ってほしい現場があるんやが。場所は、矢作川の……ちょ、メールで場所の地図送るわ」
不肖「なんや、近場やん。てっきりまた、往生こくような山ん中かと思うた。おお、メール来たわ。地図……うん、ここな。大豆畑のとこか」
弟氏「うん、そこなー。ちょっとなー、たるい場所でな。今日まで片付かんでなあ」
不肖「なんかあったんか、そこ。スズメバチの巣でもあったんけ」
弟氏「いや。それがなー。そこの水路の両側、葦とアワダチソウがらんごくいんだけど、そこ。うちの社員、何度か行かせたんだけど……なんかな。みんな、地図確認しとるのに、全然別の場所に行ってもうたり、違う水路の草刈ってたりで、ちょう、変なんよ」
不肖「? 社員さんなら、共用アプリで場所、確認できるやん。あのベテランぞろいが現場間違える、ってのも変だの。そんな難しい場所じゃないで、ここ。でかい道路の隣だし」
弟氏「そうなんよ、わしが自分でやろうかとも思ったんやけど……兄ちゃん、そこ、今日中に頼める? そこ終わったら直帰でええから」
不肖「ええよ。もし、わしも場所間違えてたら笑ってくれや」

午後3時過ぎだが気温は38度 ほぼ無風の灼熱

かくして――
不肖は地図を見て、何度か作業した記憶のある現場の近くへ。
たしかに、水路がある。その両側には、ハンマーナイフモアが刈りきれなかった葦と雑草が、人の背丈よりも高く茂っているのが見受けられる。
「……? ここ、だよなあ。社員のみんな、なんでここを間違えたんやろ」
不肖は、あっさりたどり着いた現場に ?? となりながらも準備を済ませ――作業開始。
水路の両側は、斜面になっている。水路に刈り草を落とさないよう、そして自分が水路に転落しないように慎重に、作業を進める。
伸びた葦や雑草を刈るのは、もはや草刈りというより開拓感がある。背の高い葦は、一気に刈ろうしてもチップソーではその長さ、重さに負けてうまく行かない。
まず、葦の中程を刈り払ってから、根本を刈り払う。そうやって、水路の片側を刈払、今度はもう片側……と、作業していた不肖の目に、突然――

「!? うっわ!!??」

いきなり、刈り払っていた葦の茂みの向こうから……飛び出した、影。
初夏に、たまに遭遇してしまったキジのお母さんなどではない、もっと大きい……獣の、シルエット。
一瞬、野良犬?でも隠れていた?と警戒した不肖だが――
……明るい、赤と小麦色の混じったような美しい毛艶。
……こんな昼間、熱い最中に

「狐??」

草むらから飛び出した、その大きな獣の影、姿は。あっというまに、草むらの中を駆け、どこかへ。
野生の獣の機動、逃走ではよくある。
逃げた獣が、どこかの茂みに駆け込んだ、などではなく――その姿が、ふっと消える。地面か、空気の中に消えてしまったかのように、その姿も気配も消え去るやつだった。

……驚いた。だが、チップソーで動物を傷つけてしまったり、パニックになった獣に襲われて噛まれたりしなくて良かった。
……狐にしては大きかったが、犬ではなかった。なんだ、いまの?
写真を撮るどころか、スマフォを取り出す暇すらなかった。
おそらく、あの「なにか」は、草むらの中で――その草を、住処を粉砕しながら向かってくる不肖に気づいて、ギリギリまで隠れ……そして、隠れ家を破壊されて、逃げ出した……のかもしれなかった。

……悪いコトをしたなあ、とは思いつつも――依頼は、仕事は済まさねばならない。

午後5時 ようやく山からの風が吹き始めた

そうして、水路の両側の草を刈り上げた不肖は。弟氏に連絡。

不肖「あの水路の作業、終わり。メールで作業済みの現場の写真、送ったけど……そこよな?」
弟氏「おう、そうそう。ここ。おつかれ。兄ちゃん、ふつうに着けたんか」
不肖「ああ。特に間違う場所じゃないやん。ただ……な、草刈ってたら、狐さんみたいなのがおっての。もしかしたら、社員さん、狐に化かされとったんかもな、ハハハ」
弟氏「ハハハ。兄ちゃんは道楽者やくざやもん、狐もやりにくかったんかな。……そういや、その豆畑の上手に昔、墓場があったべ、でかいの」
不肖「おう。あれでもけっこう、お寺いごかして整理したんべや」
弟氏「むかーし、父ちゃんが言ってたやん。あのへんの墓場で、昔はしょっちゅう、狐に化かされたって。夜出歩くと、いつの間にか墓場の中におって、いっくら歩いても墓場ん中ぐるぐるするだけで出れん、うちに帰れん、往生こいたって」
不肖「あー。言ってたなあ。……そっか、あの水路、そのへんじゃったか。まだ、狐さんは住んどったんかなあ」
弟氏「そっか、住処を刈られたくなかったんかもなあ。まあ、しゃあないわ。兄ちゃんおつかれ。次は盆明けからよろしく頼むわ」
不肖「そうじゃったい。おつかれ。盆にはまたうちに、お仏壇とお精霊さんおしょろいさん参りにきたってちょうよ」

三河の夕暮れ――
永遠に終わらないかに思えた草刈り、業苦のような灼熱の野良仕事も……いったん、終わる。
お盆が明けたら、早生の水田の稲刈りが始まる。
酷暑の中、お盆が。
そして秋がやって来る。


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