見出し画像

書けん日記:18 セイレムのクリステンセン=サン

不肖「もう、クリスマスイブなんですよ。クリスマスイブ。そしたらなんか人がいっぱいで」
T氏「そろそろ吉野家テンプレもカビどころか化石もんだと思うが」
不肖「この日って、例の彼の誕生日で――」
T氏「おっそうだな」

などという会話を、打ち合わせのときにしておりまして。
例のアメリカンなマフィアの、人物――
――バクシー・クリステンセン。
最初は、主人公たちのライバル、敵役として出てきた、泣く子ももっと泣く極悪非道不死身残虐野郎、が。幾度化の番外編、ドラマCD、SSなどを経て、いつのまにやら――という、彼。

T氏のところに以前、お客様から。
■「この登場人物は何系の人ですか(血統とか先祖的な意味で)」
……なる、ご質問のメールが来た、という話がありまして。

T氏「そういうわけなんだが。設定と言うか、好き勝手書いたおまえ。そこのおまえ」
不肖「ハイッ。……まあ、彼はアメリカ人。もうちょっと搾ると元の意味のヤンキー。もうちょっと蔑称風味に評してしまいますと、ワスプと言ってしまってよろしいかと」
T氏「名前、名字はデンマークとか、北欧のそっち系だったか。名前の方は――」
不肖「ですね。まあ、ちょとした含みと言うか皮肉の味付けでもあります。名前は……」
T氏「史実のマフィア、伝説の『ラッキー・ルチアーノ』と縁があった、ベンジャミン・“バグジー”・シーゲルのパロディと思わせつつ……俺たちの年代だと、うん」
不肖「どっちも、地獄の一丁目の住人ということで……」

また、頂いたご質問の中には――
■「セイレム出身ってことは、イギリス系って解釈すればいいの?」
なる疑問も、ありまして。

不肖「自分が以前、けっこー昔にご縁があって手掛けさせて頂いた作品、ニューイングランドのセイレムを舞台にした作品。あちらは植民地時代の新大陸で、1699年でしたので――その頃のセイレムですと、住人はほぼイングランド系だと思うのですが……」
T氏「マフィアのあれは、バクシーの時代は1932年。250年近くあと、もう現代に近いな」
不肖「そのころですと、例の事件、そして20世紀、1914年の大火災で港町のセイレムも衰退してサツバツでしょうから、住人もだいぶ入れ替わっているでしょうね」

T氏「おい、待てぇ。そういえばおまえ、ピルグリムファザーズの、メイフラワー号の移住者たちの中にその名前がある可能性がとかなんとか――」
不肖「アッ。でも……いろいろ調べたんですよ、私も。メイフラワー号の、移住者。乗員の名簿がどこかにないかって、いろんな書籍とか、名簿をですね。でも見つからずに、仕方なく創作を……」
T氏「ちゃんと調べたのか? "メイフラワー号 乗員名簿" をGoogle翻訳とかで英語にしてな」
不肖「アッ」

ありました。

T氏「どうしておまえはこう、検索に対して根性がねえんだ(小一時間)
不肖「すみませんスミマセン……。うん、やはり乗員にはクリステンセン=さんはいませんね」
T氏「まあ、そこは無くても問題がないんだが――」
T氏「どっちかっていうと。お前が自分で書いたSSで『メイフラワー号の頃からある旧家の』って設定はやしてきた、あいつ。ロンブローゾが名簿にねえことのほうが問題だよなあ」
不肖「ああん。すみません許してください、何でも書きますから」
T氏「だったら、せっかくのクリスマスで誕生日だから――」


SS『signpost of Bethlehem』

寒い――
呼吸している喉、鼻孔が痛みを感じるほどの冷気、冷え切った空気。
肩のあたり、首筋から背骨の筋肉がこわばって。自分の体が冷えている、このままだと体温が低下してろくな事にならないと……身体が訴え。そして、
「…………」
目が、覚めた。
最初に、まぶたが開いて。暗闇の中、瞳孔が数度のまばたきで潤滑され。そして――その場所が“何処なのか”を探る。
「………………」
身体は――敷布の上で、埃と、虫を殺したときの灯油の臭いが残っている毛布に包まり。小さな身じろぎで、ベッドのスプリングが負荷に耐えかねて錆ついた軋みを立てる。ここは――

「…………。……ここは――」
ベッドの上で、のそりと。男は、半身を起こす。
ベッドが、ひどく小さく見えてしまうほどの……その男の長駆、そして革の鞭を捻ったような、屈強な筋肉を秘めた腕と肩、首筋から背中、腹腔は――不吉な、死の凱歌を踊る骸骨たちの刺青をした皮膚で、覆われている。
短く刈り込んだ、男の髪。その下の顔は――
「……ああ、ここは――」
渇いた、薄い唇の口から白い息が言葉になって漏れる。

その男、バクシー・クリステンセンは――

……ここは。俺の部屋だ、カサブランカの……。
……いや、違う。俺の部屋は、2階の。この部屋の真上。あの天井の穴から出入りできる。この部屋は“あいつ”の――部屋だ。
……そうだった。
「俺は、生きている。ここは、ロックウェル。いつもの――」
バクシーは、体が冷えているせいか。なかなか、脳の芯まで覚醒してくれない自分の体、意識に熱を送ろうと、野太い腕を何度も、腕組みするように動かし。
「ここは――雪の、野原じゃねえ。デイバンでも、ねえ。俺は……」
……生きている。
イキテイル、唇を動かし、部屋の中なのに真っ白になる息を言葉にして吐きながら。バクシーはベッドから降り、足元をゴソゴソと、探り、そして。
「……ん――」
自分は、革のズボン、そして装甲したブーツを履いたままベッドに上がって寝ていた。その理由が、数秒経って……じんわり、脳の奥から、意識の中に流れ込んでくる。

――そうだった……。
――俺は、一人で寝ていた。いつものように。
――何かあっても、即座に動けるよう靴を履いたまま。
――つまり。ああ、そうだった。

「……そうか。俺だけ、だった。なあ……」

恋人のいないベッド。
セックスに使わなかった、一人寝のベッド。
ズボンも靴も履いて、冷たい夜具に包まっていたベッド。
ひとりだけで――ジャンのいない夜を過ごした、ベッド。
バクシーは、錆びたスプリングが相槌を打つベッドから足を下ろし、座って。暗闇の中で、冷えた空気を吸って。白い息を吐いて。
「……ここは、ジャンの部屋だ。俺は……生きてる」
夢の中で、誰かに話しているような……独り言。
そのうち、呼吸した酸素が脳に回って。血流に乗った酸素が、身体の中の糖分を燃やして筋肉の中で熱を作る。次第に……寒さが、現実のものとなって体に滲みてくる。

「……死ななかったんだ、俺も。ジャンも――」
バクシーは、ベッドの上に打ち捨てられていた毛布、真ん中にナイフで切れ目を入れたそれを手で取って。頭からそれを被って、上着にして。ベッドから立ち上がる。
まだ時計は見てないが、窓に打ち付けた板切れの間から除く外の世界は――もう朝だと、そのほの暗さが告げていた。
寒い――
床の羽目板をきしませながら数歩、進んで。バクシーは、部屋の真ん中、床板を外したそこに掘られた、穴を……この部屋唯一の暖房、そして調理用のかまどの穴ダコダストーブ を覗き込む。

この部屋にたどりついて、寝る前にここで火を焚いて。
ジャンと、火を囲んで話して。一緒に、火で温めた鍋で、リリーからもらったスープで煮たじゃがいもを食べて、話して。別の鍋で湯を沸かして、ゆっくりと。その湯が煮えて熱くなるまで、話して。そして……。

「……ジャンは―― ……そうか、あいつだけ行っちまってるんだった」
バクシーが気絶するように。眠っている間に――
それまでの逃亡、絶望、そして再開、それらがここロックウェルの、彼らの“ねぐら”であるカフェ『カサブランカ』への帰還で……全ては、通り過ぎた過去になって――
バクシーが、恋人との数時間のあと、眠ってしまった間に――
彼の恋人、ジャンカルロは。
デイバン市を、マフィアとギャングの血と骨で舗装したマフィア戦争の首魁、『疾犬のジャンカルロ』は。
クリスマス前夜、相棒、、そして恋人のバクシーとともにロックウェルに帰還――奇跡的に、デイバンの包囲を、そして仇敵からの追跡を切り抜け、生還したジャンカルロは。
ロックウェルのギャングGD団、そのボスのイーサン。彼ら、ジャンとバクシーのおやじである男のところに、行ってくると……ハナシがあると、眠る前にジャンが言っていたのを、バクシーは思い出す。

「……俺までのこのこ出向くと、まるきり家出から戻ったガキだもんなあ」
自嘲するように、白い息と言葉を吐いたバクシーは。
昨夜の記憶で、ズボンの奥がまた。痛いくらいに張り詰めているのを無視して。床にぽっかりあいたかまどの穴を、見つめる。
昨夜、そこで燃えていた焚き火も、薄暗がりの中でぼうっとそこだけ赤色だった熾火も、部屋と、二人を温めてくれていたその熱も――今はもう、バクシーの吐く息のような白い灰に、塵になってしまって……いた。

「……寒ぃ」
その、焚き火の残滓、熾火の亡骸たる燃え残りの灰は、暗闇の中でもはっきりと、白く――それは。
今年は、めずらしく12月にロックウェルでも雪が降った。
その降り積もった、厄介な雪のように白い、何の価値もない、灰。
もう熱を発していないその灰は――
ほんの数日前、1週間前に……彼と、恋人のジャンカルロを凍えさせ、死なせようとしていた雪を。そして……彼らを追ってきていた、追跡者を飲み込んだ――“あのとき”の、怪物の顎のような雪崩の、雪をバクシーに思い起こさせて……いた。

「……くそ。俺は生きてる。くそ……俺は――」
「……俺は生きている。俺のタマも、ジャンも……俺のもんだ」
「……あんな、わけのわからん“あいつ”に――クソッ」
バクシーは、かまどの灰の中に。つばを吐くようにして低く、叫んだ。

ここから先は

8,668字

¥ 300

期間限定 PayPay支払いすると抽選でお得に!

もしよろしければサポートなどお願いいたします……!頂いたサポートは書けんときの起爆薬、牛丼やおにぎりにさせて頂き、奮起してお仕事を頑張る励みとさせて頂きます……!!