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【スケアード・ニンジャ・アンド・クレバー・パイソン】 5 (忍殺TRPGソロアドベンチャーシナリオ4より)

前回までのあらすじ:ソウカイヤ首魁ラオモト・カンの息子チバが見学中のニルヴァーナ・トーフ社工場が武装アナキストによって襲撃された。アナキスト排除を命じられたスケアードパイソンは、ユバ・トラップにかかっていたニンジャ、プレートメイルを助け合流。暴走するモーターヤブを破壊して見事チバを救出することに成功したのだった。

【スケアード・ニンジャ・アンド・クレバー・パイソン】 5

【万札】1+15 → 【万札】16
ふわふわローン返済 【万札】16-10 → 【万札】6
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「そンで、本当に若のお付きに選ばれたンですか?」デッドレインがチャをすすりながら半ば呆れたように言った。「グフフ、その通り。めでたいことだワイ」プレートメイルは芸術品めいた美しいユバ・スシをつまみ、十分に目で味わってから口に入れた。

「大出世じゃんか。やったなスケアードパイソン=サン」デッドレインは夢中でスシを食べる異常長身の枯れ木めいたニンジャに声をかける。デッドレインよりもさらに年若いこのニンジャに対しては、彼も(砕けた)敬語を使わない。その口調は親しげであった。

「ウン・・・アリガト・・・オイシイ・・・ウン・・・」「グフフ、ゆっくり食べなさい」「ウン」スケアードパイソンは目を輝かせながらスシを食べる。今までこんなうまいスシは食べたことは無い、とその目が雄弁に語っていた。

(俺も初めてここ来た時、こンなだったっけな)デッドレインがほんの少し昔を思い出していると、ツケ場に立った七色のフードを被ったニンジャが鮮やかな手つきでマグロ・スシを握り、デッドレインのスシゲタに置いた。「今日のマグロはいいですよ」「ドーモ!レインボーフード=サン!」ショーユにつけ、口に運ぶ。デッドレインの目が、スケアードパイソンのそれと同じものになった。

ここはトコロザワ・ピラーの一角。ソウカイニンジャ御用達のスシ・ショップ。スシを握るレインボーフードは、かつて伝統あるツキジの名店よりノレン分けを許されたスシ・ショップ「コムソウ」のマスター・イタマエであった。ソウカイヤ資本で仕入れた良質な食材をその熟達のワザマエで握ったスシは、巷に溢れるイミテイションの如きスシとは次元の違うシロモノで、シックスゲイツの6人の中にもこの店を贔屓にしているニンジャがいるほどだ。

「シュー」夢中でスシを頬張るスケアードパイソンがこぼしたコメやショーユを、口にくわえたオシボリで拭くカシコイ。その首には高貴な紫色に染め抜かれた高級オーガニック・シルクのスカーフが巻かれており、金糸でクロスカタナ紋と「賢」のカンジが刺繍されていた。ラオモト・チバが職人に命じて作らせたものを下賜されたのだ。

「よく似合ってるスね、それ」「グフフ、カシコイ=サンの美しさがより引き立てられるようだワイ」このソウカイヤ紋入りのスカーフはチバが特に気に入ったオイランにだけ与えるもので、今までこれを与えられたニンジャは一人としていない。ましてバイオパイソンなど今後もまず現われないだろう。カシコイは得意気に胸を逸らし、表情筋の無い顔で笑った。

先日のミッション後、カシコイの奥ゆかしさをいたく気に入り、またスケアードパイソンのブザマに道化めいた愉快さを覚えたチバは、スケアードパイソンを護衛ニンジャの一人として指名した。護衛といってもダークニンジャやシックスゲイツのようなボディガードではなく、単にチバが面白がるための道化役ではあるが、立場としてはチバの側近。ニュービーとしては異例の大出世である。

スケアードパイソンが配置予定だったヤクザ事務所には代わりのニンジャが異動することになり、それに関する色々の手続き(事務方が全てやってくれた)のためにトコロザワ・ピラーにやってきた彼は、先日のミッションで知り合ったプレートメイルと出会い、このスシ・ショップに誘われた。途中でスシを食べに来たデッドレインも合流し、三人はこうしてスシを食べながら歓談のひと時を過ごしていた。

「外でゴハン食べるの、初めてです」宝石めいて輝くトビッコ・スシをつまんでしげしげと眺めながら、スケアードパイソンは言った。「そうなの?」「ウン。父さんがダメだって言ったですし。あと、みんな敵だから、私がいると怒ったり、する」「そっか・・・」「ここには敵がいないし、家族だし、みんな攻撃してこないので、ウレシイ」「そっか」

デッドレインは改めてスケアードパイソンの異相を見る。リキシ・リーグ所属のスモトリ並の上背を持ちながら、横幅は餓死寸前の欠食児童めいて病的に細い。吐き出される言葉はくぐもり、たどたどしく、耳障り。髪の毛も眉もまつ毛もない顔に見える目はギョロギョロと動き、周囲の人間にいらぬ不審感を与えてやまない。ただ生きてそこにいること自体がこの社会から拒絶されるタイプの人間だ。

生い立ち、外見、性格、アトモスフィア、ツキ・・・要因は色々あるが、どうあがいても一般社会に受け入れられない人間を、元ストリートチルドレンのデッドレインは山ほど見てきた。本人がどんなに真っ当に生きようと努力しても、社会から蹴り飛ばされて路地裏でバイオネズミと残飯を奪い合うハメになる種類の人間は、どうしようもなく存在する。

彼らが選べる道は黙ってのたれ死ぬか、暴力で食い繋いでその内に死ぬかの二つだけだ。デッドレインは後者を選び、死に、ニンジャとなって生き返り、こうしてうまいスシを食っている。

「みんな、私とカシコイを見てもビックリしたり殴りかかったり、しない」スケアードパイソンは嬉しげに隣の席に座る姉を見る。彼の肩口に生体移植された800cmを超えるバイオパイソンは、ビッグ・ニンジャ用の巨大で頑丈な椅子の上で器用にトグロを巻き、彼女のために供された巨大なバイオアナゴを頭から飲み込んでいた。

「そりゃそうさ。ここにいるのはみんな、ニンジャだ」デッドレインはニンジャ溢れる店内を見回す。テーブル席ではバイオサイバネ手術によって頭をハゲタカに置換したニンジャがスシをクチバシで挟んでは飲み込んでいた。その対面に座るのはスケアードパイソンよりなお巨大な300cmを超えるビッグニンジャだ。

隣のテーブルではイカの触腕を持ったニンジャがケモビールを飲みながら笑い、それに相槌を打つのは体が半液体状になったニンジャ。恐らくスライム・ニンジャクランの憑依ソウルの影響であろうか、話に熱中して体が椅子からこぼれ落ちそうになる度に難儀そうに座り直している。

まるでSF映画に出てくる雑多な宇宙人が集まる酒場。ここではスケアードパイソンとカシコイに気を留める者など一人もいない。ほんの一瞥して「ああ、こういうニンジャもいるのか」との感想を抱く程度だろう。

「グフフーッ。獲物を飲み込んでいるカシコイ=サンの筋肉の動き・・・美しい・・・」そしてデッドレインの隣に座るのは、尋常な肉体を持ちながら病的な筋肉承認欲求に取りつかれ、筋肉本位制以外の思考で動くことが不可能なプレートメイルだ。彼に限らず、外面は人間のものでもその精神は異形そのものというニンジャは決して珍しくない。ニンジャというのは多かれ少なかれどこかおかしいところがあるものなのだ。

いかにサイバーボーイやワードウブツ溢れるネオサイタマと言えど、彼らの異形(肉体的にも、精神的にもだ)を受け入れられるコミュニティは一般社会に存在しまい。だが闇のニンジャ組織、ソウカイヤは彼らを受け入れる。「首魁ラオモト・カンの利益のために働く」というただ一点を守っていれば、ソウカイヤはあらゆる社会のつまはじき者にとって疎外されることのない居場所であり続ける。

「スケアードパイソン=サン、サケはイケる?」「サケ?飲んだこと無いです」「じゃあ一口試してみようぜ」「グフフ、未成年に飲酒を勧めてはよくない」「ニンジャだしいいじゃないスか。そンなこと言うならプレートメイル=サンが付き合って下さいよ」「グフフ、下戸に無茶を言う」「シューッ」「お、カシコイ=サン飲む?」

賑やかに話す三人と一匹。それを見て笑いながらスシを握るレインボーフード。和やかなアトモスフィア。だが次の瞬間、スターン!開かれたフスマから入ってきたニンジャによって店内に鋭い緊張が走った。

「相変わらずの繁盛で結構なことじゃねぇか、エエッ?」入り口にかかったノーレンを見事なリーゼントでかき分け、ヤクザスーツ装束が特徴的なニンジャがアイサツをする。「ドーモ、ソニックブームです」

「「「ドーモ!ソニックブーム=サン!」」」店内のニンジャ達は弾かれたように立ち上がり、強大なるシックスゲイツのニンジャに慌ててアイサツを返す。中には手にスシを掴んだままアイサツをしているニンジャもいた。

「ドーモ、ソニックブーム=サン。今日はマグロがいいですよ」ただ一人、ツケ場に立つレインボーフードだけがイタマエ・アティチュードを崩さぬままソニックブームを歓迎した。イタマエとしてツケ場に立つ限り、例え相手がラオモト・カンであろうと彼が普段のサンシタニンジャめいた動揺を見せることは一切無い。

「そいつは惜しいな。今日は別件でな、スシはまた今度だ」ソニックブームは硬直しているニンジャ達の間を通り抜け、キョトンとしているスケアードパイソンの肩に手を置いた。「ドーモ、スケアードパイソン=サン。ちょっとツラ貸してもらおうか、エエッ?」

◆◇◆

「ザッケンナコラー!」「ザ、ザッケンナーコラー!」「スッゾオラー!なんだその気の抜けた声は!?そんなんでチバ若の護衛が務まると思ってんのかコラー!」

トレーニング・グラウンドの片隅。スケアードパイソンは気をつけの姿勢を取り、ソニックブームの叫ぶヤクザスラングをひたすら復唱していた!

「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「もっと声出せ!背筋も伸ばせッコラー!」ソニックブームは手にしたバンブー・ブレードを床に叩きつける!「いいか、護衛のテメェがナメられたらチバ若までナメられンだ!家族にハジかかせる気かオラー!?」

「家族!」自分が頑張らないとチバ=サンが困る。それは絶対にダメだ!スケアードパイソンは背筋を伸ばし、腹の底から声を絞り出した!「ザッケンナコラー!」地の底から響くような不気味な迫力の声が吐き出され、木人相手にカラテ訓練をしていたニュービーが驚いて振り返った。

「フン、悪くねェ!だがもっとだ!声で敵を殺すつもりでやれ!ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「スッゾオラー!」「スッゾオラー!」

このヤクザスラング指導は誰に頼まれたものでもない。言うなればソニックブーム自身のケジメだ。スカウトしたものの、あまりの扱いにくさに捨て駒めいて死ぬのを期待したニンジャが、どうしたワケかチバの護衛に指名されてしまった。熟達のニンジャ・スカウトマンであるソニックブームからしても想定外の事態である。

だがこうなってしまった以上、自分が責任を持ってこの社会不適合者にソウカイヤクザとして最低限の礼節と品格を叩き込まなければならない。チバの隣に立つニンジャがブザマでは、それを従えているチバまで軽く見られる危険性があるからだ。そしてヤクザにとって軽く見られることは死と同義である。

「ビクビクすンな!ガタガタ震えンな!テメェが黙ってビシッと立ってりゃ向こうで勝手にビビるんだ!」「ウン!」「返事はハイだろうがッコラー!」「ハイ!」「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」

続く特訓。段々とスケアードパイソンのヤクザスラングがサマになっていく。カシコイは弟の成長を嬉しげに見守りながらフォーム確認用の鏡の前で体をくねらせてポーズを取り、スカーフをつけた自分の姿に見入っていた。

「ザッケンナコラー!」「ザッケンナコラー!」「スッゾコラー!」「スッゾコラー!」

背筋をシャンと伸ばし、堂々たる声量でヤクザスラングを発するスケアードパイソンは、今までの彼とはまるで見違えるような威圧感を発し始めていた。

オドオドした態度さえ見せなければ、250cmを超す禿頭の大男は他人に恐怖と威圧感を与えるに十分だった。彼が今まで絡まれたり攻撃されてきたのは、その巨体から威圧感を帳消しにするほどの臆病さが滲み出ていたのが主な原因である。

「よォし、まぁ及第点をくれてやろうじゃねぇか。俺様のありがたいインストラクションを忘れンじゃねぇぞ、エエッ?」一時間後、どうにかサマになったと判断したソニックブームから訓練の終了が告げられる。「ウ・・・ハイ!アリガトゴザイマス!」スケアードパイソンは潰れそうな喉から、それでもヤクザの声を絞り出して謝意を述べた。

「ヘッ、臆病モンがいっぱしのヤクザのフリができるようになったじゃねぇか、エエッ?そンじゃ、次はコイツだ」ソニックブームは凶暴に笑い、手にした紙袋をスケアードパイソンに投げ渡す。

「アイエ・・・?」受け取って中身を取り出してみると、それは黒いヤクザスーツ。しかし左腕の袖部分が無い。そしてスモトリ用並に大きなサイズでありながら横幅は子供用めいて細い。スケアードパイソンの枯れ木めいた異常長身にフィットするよう特注で仕立てられたものだ。ネクタイにはクロスカタナ紋が入っている。

「そのみっともねェ装束でチバ若の隣に立たせるワケにゃいかねぇからな。飼い犬の毛並みが悪けりゃ主人もハジをかくってもんだ」ソニックブームは櫛を取り出してリーゼントを整えながら言う。「俺様みたいにセンス良い装束を着こなすのはテメェにゃ無理だ。せいぜいソイツでビシッとしとけよ、エエッ?」

「ア・・・アリガトゴザイマス!」スケアードパイソンは深くオジギして謝意を表わした。背が伸び始めた頃から、彼の体にマトモに合う服など一着も無かった。異常長身に合うのはスモトリ・サイズしか存在せず、横幅が絶望的に足りず滑稽なほどブカブカで着心地は最悪だった。

今のニンジャ装束もビッグニンジャ用の支給装束で、余った布地を切り落として縫い合わせることでどうにか動きやすくしただけのシロモノだ。まさか自分の体に合う服を作ってくれるなんて。

「スーツってのは着慣れてねェヤツが急に着るとハタから見てすぐわかる。そンでナメられる。これから毎日それ着て体に馴染ませとけ」「ハイ!」「替えは後で届けさせる。ネクタイしめる練習でもしとけよ、エエッ?」「ハイ!アリガトゴザイマス!」

「よォし・・・じゃ、最後にコイツだ」ソニックブームは胸ポケットから何かを取り出すと、スケアードパイソンに向けて投げる。精微極まるワザマエで投げられた何かはクルクルと宙を飛び、絶妙なコントロールでスケアードパイソンの顔にくっついた。アナログ・サングラスだ。

「アイエ?」戸惑うスケアードパイソンの視界にソニックブームが映る。「ヘッ、思った通りだ。ビクついた目さえ隠しゃ、マシなヤクザに見えるじゃねェか」歴戦のヤクザ・バウンサーはニュービー・レッサーヤクザを諭すように言うと、背を向けて歩き出した。

「ア・・・アリガトゴザイマス!」「シューッ」姉弟は去り行くヤクザ・センセイに対して深くオジギをして見送った。ソニックブームは途中で一度だけ振り向いた。自分の居場所を得た社会のつまはじき者がそこにおり、後ろの鏡には自分自身が映っていた。

【スケアード・ニンジャ・アンド・クレバー・パイソン】 終わり

作者注記
今回出てきたイタマエ・ニンジャ、レインボーフード=サンはデッドレイン=サンと同じく遊行剣禅=サンのソロアドベンチャーリプレイシリーズに登場するニンジャです。普段はカラテもワザマエも無く、人間性を捨てきれぬ人の良いサンシタですが、ことスシに関することになればラオモト・チバを前にして怯えも震えも一切見せないというイタマエの矜持を持つ、とても魅力的なニンジャです。普段はトコロザワ・ピラーでソウカイニンジャ相手にスシを握っているので、今回登場していただきました。

レインボーフード=サンが活躍するノースシ・ノーライフ・シリーズや彼のオリジン・エピソードなどはこちらから!


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