ピングドラムは輪らないーポスト戦後・オウム・令和試論に向けたエセー

なぜに人類は、真に人間的な状態に踏み入っていく代わりに、一種の新しい野蛮状態へ落ち込んでいくのか
ー『啓蒙の弁証法』アドルノ/ホルクハイマー

2019年、5月
日本は今まで見たことのない空気に包まれていた。
「平成」という時代を終え、「令和」を迎える。
毎日テレビで明るい編集で報道され、見かける店ほとんどが改元に伴う売り出しをしていた。
浮かれていた。年末年始のようだった。

「たかだか時代の名前が変わるだけなのに、何を騒いでんだろうね」
改元のせいで仕事に散々支障をきたしていた私は、やつ当たるように言った。
「人間には区切りをつけるということが必要なんだよ。そうやって過去を俯瞰できるんだから」
私の尊敬するひとにあっさり返された。
たしかにそうかもしれない。
では、そうならばー
なぜこんなにも浮かれていられるのだろうか?
その思いは一層強まることになった。

1995年、3月
平成が始まって7年が経った頃。
多くの人が地下鉄で亡くなった。
事件は、ある宗教のメンバーにより起こされたものだった。

2018年、7月
その事件の首謀者たる宗教の最大幹部が死刑となった。
報道は死刑という事実のみだった。本来は語られるべき事件とその背景、そして思想。すべてが語られなかった。
だれもそのことに触れることはなかった。
すべてが異様だった。

まるで時代を精算しているかのようだった。
いや、忘れたかったのだ。

当時を生きていた人なら当然覚えているだろうが、かの宗教及びそのトップの人物はメディアへも度々露出し、一部の宗教学者は絶賛していた。
そして、人々もそれを受け入れていた。

なかったことにしたかったのだ。
その事件の一因に自分達も責任があるのではないかということが頭を掠める。そのことを忘却しなければ、時代を先に進められない。

1945年、8月
広島、長崎に原子力爆弾が落とされた。
一瞬にして多くの命が失われた。
合理的にたくさんの人を殺すことが出来る。
それは近代以後の世界史が歩んできた理性礼賛の極地だった。
歴史に「たられば」はないが、もし日本がその技術を先に手に入れていれば、敵国に撃ち込んだだろうか。

日本のかつての同盟国、ドイツでは時を同じくしてユダヤ人を効率よく殺戮していく方法が実践されていた。
戦後ドイツ思想の牽引者、アドルノはこう言った。
「アウシュヴィッツの後に詩を書くことは野蛮である」
ユダヤ人でもあった彼は生涯をかけて理性、人類史の過ちを告発しつづけた。
そして、ドイツでは哲学者、文藝家、詩人等多くの人を巻き込んで徹底的に人類史上最大と言われるその過ちの原因を追究した。

私は思う。
日本ではなぜポスト広島、長崎の思想が起こらなかったのか。
なぜ現在に至るまで議論すらされていないのか。
人類史において、ナチスに匹敵する最悪の事件だ。
しかし、当事者の日本はそのことを緩やかに忘れることにした。
そして、経済発展を手に入れた。
記憶の保存と言いながらも、本当の意味でその事実の本質には向き合おうとはしていない。

2011年
『輪るピングドラム』というアニメが放映された。その内容は衝撃的なものだった。
しかしながら、見渡してみても細部に執着した「オタク的」な考察があるのみで、本質的ないし構造的な分析はされていない。

2019年、現在
私はそのアニメを見た。たくさんのことを思った。
それらはひとつの言葉にまとめることができる。
「日本とは、丸ノ内線だった」
よりわかりやすく言うなら、
「日本は、荻窪から池袋までを乗り換えずに向かってきた」
となるだろう。
このアニメを見た事のある人ならば、これまでの文脈も踏まえて何となく意味が分かるかもしれない。

この世界にたった1人かもしれないが、述べておきたい。
日本社会は何も選択してこなかった。
何とも向き合わずに歩んできており、そしてまた忘れようとしている。

このままでは、真の意味で「新たな」時代を迎えることは出来ないと思う。
きっと同じことを繰り返す。
次のオウムが別の姿をとって現れるだけだ。

忘れたことは、なくなったことには決してならない。
葬られたものは、そのまま眠りにつくが土には還らず、いずれ自立的にわたしたちへ再帰する。
私たちが切り離したものが、私たちを支配する時が必ず来る。
それでも、私たちは「自由に選択した」と思うことだろう。
忘れ去るとはそういうことだ。

『輪るピングドラム』を見て思ったことがある。
「ピングドラム」とは何か?
作中に明言はないし、確定できる要素もない。
したがって考察サイトでは様々な解釈が乱立している。
そのことに関して、今の私はある程度結論を出してはいる。

しかしこの場で述べることはしない。
その代わりにひとつだけ断言しておく。

今の日本社会では、ピングドラムは輪らない。

追記
完成版記事:歴史が終わるとき、そこに人間はいない

※考察の末、だいぶ路線が変わりました。ピングドラム要素はありません。

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