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手書き特有の、その人の癖が愛おしい

塾講師のアルバイトをしていた大学時代、名前の書いていないノートの中身をパラっとめくって「ああ、これ⚪︎⚪︎君のだ」とわかるくらいには、生徒が書いた文字をたくさん見てきた。

特に受験を控える中学3年生は、週2、3回同じ生徒の授業を見ることはざらにあるので、毎回彼らのノートやプリントに向き合っていれば自ずとそうなっていた。塾講師でさえそうなんだから、学校の担任なら尚更だろうと思う。

その人が書く文字の癖は、どうも言語化し難い。
けれど一度見てしまえば「ああ、この人が書いた字だな」とわかる。それは小学校に上がるときからそうだった。


それが社会人になってから、人が書く字を見る機会は少なくなった。

学校のようにいつも決まった人と一緒にいるわけではないことに加え、PCやスマホで文字を紡ぐことが主流になったことが追い打ちをかけて、その人の字を見る機会を容赦なく減らしていく。

きっと大した問題じゃない、けれど、少し寂しい。
それは、人柄は言葉だけではなく、文字の書き方にも表れるはずだからだ。


そんなことに気づいたのは、先日BONUS TRACKで開催された『あの頃のジブンに届けたいコトバ展』に行ったときのこと。

著名人が過去の自分に宛てて書いた手紙が展示されていて、読む人を前向きにさせる。それと同時に、手書きっていいなと思った。字はもちろん、手紙に使う紙も人それぞれ。ルーズリーフに書いている人もいた。

人の手書きを見る機会、もっと欲しいな。

そのためにはまず自分の字を発信しないと、か。

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