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学生の時(風間八宏との出会い)

筑波大学にとって、かなり追い込まれた大学2年のシーズンが終わった時に、ふいに風間さんの監督就任が決まりました。大学2年次は最終節に勝利し、さらに別会場の相手が負けないと降格という非常に厳しいシーズンとなりました。当時の筑波のエースはFC琉球にも在籍したことのある三澤純一さんでした。

最終節ロスタイム中でのラストプレーでゴールし、見事残留を勝ち取りました。これほどしびれたゴールは人生で経験したことがありません。

そしてその次のシーズンに風間さんは来ました。結論から言うと、関東リーグ2位(最多得点、得点ランキング1位2位)、インカレ準優勝とびっくりするくらいの結果を残しました。

何がこんな変わったのか?意識ももちろんですが、一人一人が飛躍的にうまくなりました。その結果です。高校生くらいになるともう技術は上手くならないからフィジカルを鍛えるとか走力をあげるということを言われがちの中、育ってきたのでみるみる成長していく自分に驚きました。

風間さんが最初に約束してくれといってきたのは、2つだけ。

「人のせい、モノのせいにするな」「自分に期待しろ」

Jリーグの監督となった時でさえも同じことを言っているんだなと思います。「ボールは相手に渡すもんじゃねぇ」「それくらいやってくんねぇと」言葉使いも含めて、とても若くて厳しい。でもとても的確でした。プレーの調子が悪い選手がいると、周りに伝染するからといって、5分くらいで交代させることもあります。

一人一人が上手ければ、ボールを奪われなければ、負けることはない。言っていることはすごくシンプルです。戦術という言葉を使うのであれば、個人の力です。うまい順番に11人が試合に出る。そんな感覚でした。なので、フォワードの選手がセンターバックとして出ている試合も多々ありました。

当時はっきりした戦術を打ち出していたの駒沢大学。国見高校が最強だったときのラン&ガンスタイル。サイドハーフには足の速く手クロスの上手い選手、FWには高さのありヘディングの得意な選手。これはいわゆる戦術です。一方で筑波のサッカーは個人でした。なので、どこからでも崩せる。サイドにボールを運ぶ必要もないくらい、狭いスペースで点を取れる。これが僕らのサッカーでした。

この考えは就職活動の時にも言っていたのですが、戦術のあるチーム(企業)には僕はいらないんです。そこに当てはまる人がいいはずだから。そこに当てはまらうとする人が求められるから。戦術ではなく、個人の力がチームメイトを繋いでいるチーム(企業)に行きたい。というのが僕の考えになりました。

個人の力がチームメイトを繋いでいるチームには、言い訳は存在しません。戦術(やり方)に縛られているチームは、「何で言われたとおりにできないんだ?」に近いやり取りが聞こえてきます。

長くなりましたね。書こうと思うと止まりません。

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