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#02 ラフィラの幽霊エレベーター

「札幌市すすきの駅直結のショッピングモール、ラフィラのエレベーターで心霊現象が起こるらしい」

 札幌市、すすきの。日本を代表する歓楽街の一つであり、ニッカウヰスキーのネオン看板や綺麗なお姉さん、精力●倍特製ドリンク専門店等夜遊びにはもってこいの街である。ラフィラは、すすきの駅の地下だとスターバックスが入口で待ち構える、比較的大型のショッピングモールである。スーパー、アインズアンドトルペ、洋服ペットショップ何でも揃う、好立地の遊び場だ。さっぽろ駅、おおどおり駅、すすきの駅は地下通路で一直線に繋がっているので、学生時代はよく友人と買い物を楽しみ、夜すすきので飲むコースが定番であったことを思い出す。ちなみにラフィラの前で大量のホストが声掛け争奪戦を繰り広げるのも名物である。

「ラフィラには外から見るとエレベーターが4機ありますよね。けれど、実際に地上1Fの該当部分に行くと、エレベーターは3機しかありません」
「どういうことですか?」
「存在する筈のエレベーターの前に、北洋銀行のATMが設置されているんです。壁は埋め立てられています」
「えっ…怖っ…」
「件のエレベーターが途中階で停止しているのも不自然です。その為、幽霊エレベーターと呼ばれているんですよ!!」

 それは都市伝説というより怖い噂では、とわたしは思ったが、渕山さんが嬉しそうに話すので突っ込む事を止めた。
 ペットボトル事件の一週間後、金曜日の夜に待ち構えていたかのように渕山さんはわたしの前に現れた。仕事終わりはお腹が空く。飲食店を探してプラプラしていたわたしを見つけると「三上さぁーーーーーん!!!!」と大きな声で叫んできた、不審人物。「ちょっと大声で呼ばないでくださいよ!!!」と同じ位の声量で叫びながら、わたしは渕山さんの所へ駆け寄った。

「お約束申し上げました通りお迎えに上がりましたよ!!!」
「約束してないです」
「都市伝説を解き明かす為、本日も奮闘いたしましょうね!!」
「渕山さん、わたしお腹空いたんで。晩御飯奢ってください」
「かしこまりました!!!!」

 渕山さんは元気よく頷いた。身なりからして稼いでそうだし、毎週よく分からん事に巻き込まれるならご飯位強請っても割に合うだろう。そうしてわたし達は、わたしの月見バーガーが食べたいという要望により、すすきの駅のすぐ近くのマクドナルドで作戦会議を行っていたのだった。

「月見バーガーに三角チョコパイまで。最高です…」
「喜んでいただけて光栄です!」
「一人暮らしだとこんな贅沢中々出来ないし」
「都市伝説の追求に協力いただけるのならいくらでもどうぞ!」
「わーい!」
「そういえば三上さん。先週あんなに憔悴されてたのに良いんですか?」

 渕山さんが、心配そうにわたしを見る。何だかんだ無理に巻き込んだ自覚はあるのだよう。

「良いですよ、暇なんで。よく考えたらわたし以外の人間がどうなろうと知ったこっちゃないなって」
「案外薄情ですね」
「コロナでやる事もないし、極端に不快な気分にならなければ良いかなって。後は毎週ご飯奢ってくれるなら」
「ありがとうございます!!お安い御用です!!食べ終わったら早速この窓から見えるラフィラに突入しましょう!!」
「敵のアジトみたいな言い方ですね」

 早く食べ終わって欲しいなとそわそわしている渕山さんを無視して、わたしは三角チョコパイのチョコレートがどろりととろけて溢れる幸福をゆっくりと味わった。マクドナルドのわたし達が座る席の窓からは、ラフィラがよく見渡せる。確かに、4機並んだエレベーターの内、一番右だけ稼働しておらず途中階で停止したままだ。ホラーはあまり得意ではない。何か起きたら渕山さんに犠牲になってもらおう…とわたしは考えた。


「ここか…」

 ラフィラの入口、インフォメーションと洋服店の間の通路の奥に問題のエレベーターがあった。中には3機のみで、外から見た一番右のエレベーターは、北洋銀行のATMが設置されている為、影も形もない。

「三上さん。6Fから7Fあたりで停止してるみたいでしたね。火災があって人が亡くなったとかいう噂が」
「怖いこと言わないでくださいよ!!」
「幽霊、出ますかね!髪の長い女性だとか!」
「ぎゃー!止めろ!」

 エレベーター前で二人して騒いでいると、わたしはふと、客がわたし達意外に誰も見当たらない事に気がついた。
 おかしい。この時間は大抵多くの客がラフィラを利用しているのに。そういえば、ラフィラに入店した時からいなかったような気がする。わたしは怖くなって渕山さんに恐る恐るこのことを話した。

「渕山さん、他の人がいません。わたし達しかラフィラにいない」
「ええ?!そんな筈は!!確かにいないですね!あ、三上さん」
「な、なんですか」
「お客様どころか店員すら誰もいないですね!!」
「え」

 ゾッとしてわたしは直ぐ店が並ぶ通路へ小走りで向かい、辺りを見渡した。
 いない。
 そこには、誰もいなかった。
 誰もいない上に店内BGMも無音だ。
 わたしはパニックになりながら、エレベーターホールへと戻った。

「渕山さん?」

 さっきまでいた筈の、渕山さんすらいなくなっていた。いよいよわたしは半泣きになった。この空間に一人で取り残される恐怖といったらたまったものではなかった。

「渕山さん!どこですか?!渕山さん!」
「渕山さん!一人にしないでよ!ざけんな!」
「渕山さーん!ねえ!隠れないでくださいよ!お願いだから!!」

 わたしは渕山さんを探しながら、全ての階を一つずつ調べることにした。エスカレーターで上の階へ上がるごとに、少しずつ6Fから7Fの、あのエレベーターが停止する階へ向かうのが恐ろしく、心臓がより大きく音を鳴らす。2F、文房具。3F、服屋。4F、ドレスや女性向けのファッション。5F、男性向けのファッションと楽器店。6F、エトピリカ等食器や絨毯。どの階にも、誰もいない。
 7Fに、差し掛かった時だ。エスカレーターの手すりをギュッと握り、エスカレーターの上昇速度がやけにゆっくりと感じられ、わたしは震えた。緊張のあまり、先程の月見バーガーを吐きそうだった。いよいよ7Fの飲食店エリアに到達し、わたしは恐る恐る一歩踏み出し到着した。他の階と動揺、誰もいない。途端、背後から肩をトン、と叩かれる。
 わたしは硬直した。
 誰か、いる。わたしの後ろに。
 ギギギ、と油の足りない機械のように酷く緩慢にわたしは振り返った。

 そこには長い髪の女が立っていた。

「ギャー!!!!!!」

 わたしは一目散に逆側のエスカレーターに乗り、7Fから1Fまで全速力で階段を駆け降りた。何だよあれ噂の幽霊かよ。見捨てるどころか渕山さんすら消えるとかどういう事なんだよ。顔をグシャグシャにしながらわたしは1Fに着き出口を目指した。すると後ろから大爆笑が聞こえてきた。

「三上さん!!まさかそんなに驚くなんて!!ギャハハハ!!!!」
「え…渕山さん…?」
「カツラ被って驚かせたらどうなるかなって思ったのですが、想像以上に面白いことになりましたね!!いやー!!ウワハハ!」
「さっきの女は渕山さんですか」
「私ですよ!!!三上さん!面白いな!」

 わたしと同じくエスカレーターを駆け降りた渕山さんが、息も絶え絶えに大爆笑している。どうやらわたしはこの男に嵌められたらしい。散々だ。

「帰ります」
「そんなに怒らないでくださいよ〜悪かったですってばあ」
「これあげます。じゃ」
「これ先週のCCレモンじゃないですか!」
「さよなら」

 わたしは渕山さんに見えないように、リュックの中でめちゃくちゃ振ってから、CCレモンを押し付けてパッパと帰ることにした。「後46個ですよー!」と、渕山さんが言っているのが聞こえたが、その声にすら苛立ちを感じ、わたしはラフィラから出た。

「本当にあの人最悪だ…。てか渕山さんは地下から帰るのかな」

 ラフィラを出たわたしは、振り向こうとして、ふと、ラフィラは去年解体工事により無くなったことを思い出した。
 ギョッとして、今しがた出たばかりのラフィラを振り返る。

 そこには、すすきの宣言、と書かれたポスター以外、何も無かった。

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