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繊細息子が母の手を離すということ

息子にとって、私の手を離すにはどのくらいの勇気が必要なのだろうか。

息子が幼稚園の時、朝登園して教室の前に着いても、私の手をなかなか離すことができなかった。

みんなが「おはよう!」と言って、ぴょんぴょん簡単に飛び越えていく教室と外廊下の境界線。


息子にとって、それはどのくらいの境界だったんだろう。


気がついたら見送りに来ていた他のお母さんたちは1人もいなくて、教室の中では朝の会が始まり元気な子供達の歌声が聞こえてきたりして


息子はいつまでも私の手を握ったまま
空を眺めたり
蟻を見つけたり
チラチラ教室の中を覗いたり


「お母さん、ここ(外廊下)から見てるから。ここにいるから。」


と、言っても行こうとしなかった。


教室の中と外。


その境界線を息子はなかなか飛び越えられないでいた。


息子は現在小学2年生。
入学して2ヶ月で学校に行かなくなった。


まだ付き添い登校で頑張って学校に行っていた頃、息子は不安が強く集団が苦手であることから、一般級に籍を置きつつ、個別級メインからのスタートだった。

図工や音楽、終わりの会だけ一般級に交流する体制をとっていた。

個別級から一般級へ、私と手を繋いで移動する。

教室の後ろの扉の前で足が止まる。

息子の手から不安な気持ちが伝わってくる。


息子の席は、扉のすぐそこ。
1番後ろの席。
一歩入ればすぐ席につける。


「お母さん、ここ(廊下)にいるよ。すぐ側にいるよ。」


と言っても、首を振る。


教室と廊下の境界線。


私の手を離し一歩教室に踏み込むことは、息子にとって、安心安全な世界から、不安と緊張だらけの別世界へ行くようなもの。


「お母さんも中に入って。」


と、息子が言う。
私も一緒に教室に入る。

息子の席のすぐ後ろ、掃除道具が入ってるロッカーのすぐ前に丸椅子を置き、そこに座る。
ものすごく狭い。


みんなが見てくる。

ある女の子が、


「誰のママ〜?何でいるのぉ〜?」


と、聞いてきた。


「◯くんのお母さんだよ。よろしくね。◯くんの応援にきたよ。」


とこたえると、ふーんっという感じで去って行った。


なんてことない。
この手の質問には慣れている。


緊張ガチガチの息子。


何度も振り向き、私の存在を確認する。
私はニコッと微笑む。


机の上の消しゴムのカスを手で丁寧に集める息子。


「これ、捨ててくるね。」


と、私に告げ、ヨシッと意を決してゴミ箱のところに行く。


ゴミ箱は教室の隅にあり、友達の間をぬって行かなくてはならない。
消しゴムのカスをギュッと握りしめ、友達と当たらないように丁寧に避けながらゴミ箱に到着すると、振り向き私を見る。


ジェスチャーで、『ここでいいんだよね?』と指差す。


私は、大きく頷く。


息子は、カスをゴミ箱に捨てる。


また友達の間をぬって、自分の席に戻ってくる。


私は、親指をたてて頷いた。


息子は、席につき大きくふーっと息を吐いた。

生まれつきひといちばい繊細な特性を持つ息子にとって、教室の隅にあるゴミ箱にゴミを捨てに行くということは、決して容易なことではないのだ。


入学してから付き添い登校を、給食挟んで下校時まで毎日続けていた。

一向に私から離れる気配がなく、私の心はどんどん疲弊して行った。


ある日、息子が3限目の途中で帰りたいと言って、私の膝の上に乗ってきた。


「えっなんで?あと1限で終わりだよ?」


と、イラつきながら答えた。
それでも帰りたいと甘えてくるので、私は、


「自分で先生に言っておいでよ!」


と、突っぱねた。

息子が、1人で先生に言えるわけないのに。
そんなこと知ってるのに。

私は、そう言ってしまった。


帰り道、私は息子の顔も見ずにスタスタ早歩きで帰った。

息子は小走りでその後をついてきた。


私は、息子の手を、繋がなかった。


今でも、その時のことを思い出すと胸が張り裂けそうになる。

息子はどんな気持ちで私の後をついて来たんだろう。

彼が、なぜ、途中で帰りたいと私の膝の上に乗ってきたのか。

私は、息子の気持ちの向こう側を全く見ていなかった。


今なら

今なら

「帰りたい」の向こう側、「もう限界だ」という気持ちをわかってあげられる。

「気持ちを伝えてくれてありがとう。3限目までいれたしそれで十分十分!」

と、言ってあげられる。

そして


息子の手を繋いであげられる。


息子はまだ、私の手を離せない。


去年までは、息子になんとか学校に行ってほしい気持ちが強く、運動会も参加しなくてもいいから、せめて見に行くだけでもしてほしくて、何とか行くように頑張って促した。

最初は帰りたいと言っていた息子も、だんだん場に慣れてきて、最終種目6年生のリレーまで居ることができた。


観客席と生徒席の間にあるロープの外側で、私と手を繋ぎながら一緒に立っていた。

ロープの向こう側には、担任の先生がいた。


息子が、


「ちょっと、先生のところに行ってこようかな。お母さん、ここにいる?」


と、突然言ってきた。


「いるよいるよ!行っておいでよ!」


と促すと、息子は私の手を繋いだままじっとロープの向こう側を見つめていた。


その横を、他の子供達がするすると簡単にくぐり抜けていく。

息子は、じっと向こう側を見つめる。

そして、ヨシッと心を決め、


私の手をパッと離した。


息子は、ロープをくぐり抜け、先生のところまで走って行った。


息子が、ヨシッと心を決めた瞬間が、繋いだ手を通じて私に伝わってきた。


ロープの向こう側で先生と楽しそうに話している姿を見て、
ロープのこちら側の私は、涙が止まらなかった。


先日。近くのスーパーに息子と買い物に出かけた。カートを押してくれていた息子が、

「お母さん、牛乳とってきてあげようか?」

と、言ってきた。

牛乳売り場は、ここから少し行ったところの角を曲がったところにある。

「僕、1人で行ってくる。」

角を曲がると、一瞬私の姿は見えなくなるが、そのことを彼は知っていた。
知った上で、チャレンジしようとしていた。

「おお!よろしくお願いします!」

と言うと、しばらく先をじっと見つめ、「あそこの角曲がるんだよね」と何度も確認し、

そして、ヨシっと心を決め

カートの手を離した。

私は、ずっと息子の背中を見ていた。
息子のドキドキが伝わってくる。
頑張れ頑張れ。

私の脳内では、はじめてのおつかいのテーマソングがかかる。

息子が角を曲がり姿が見えなくなった。

頑張れ頑張れ。


息子が、牛乳を2本胸に抱えながら向こうから歩いてくる。
ドキドキが伝わってくる。


顔を赤めながら戻ってきた息子の表情は、緊張感と達成感で満たされていた。


牛乳をかごの中に入れると、私のお腹に顔を埋めてきた。


「ありがとう!!」


と、私は頭を撫でた。


ほんの数メートルの距離でも、息子にとっては大冒険。

境界線のあちらとこちら、息子にとっては別世界。


私の手を離し、ヨシッって1歩を踏み出すタイミングは、息子が決める。


息子の、ヨシッを重ねていこう。
それは小さな小さなステップだけど、重ねていけば大きなステップになる。

どれだけかかるかわからないけど、私は息子を信じている。


結局のところ、いつも同じことを言っている気がする。


こうやって、何度も何度も綴ることで、その信じる気持ちを確かなものとして、私の心に刻み込んでいきたい。



いつか、ヨシッって私の手を離して


「いってきます!」


「いってらっしゃい!」


と、手を振り合う。


そんな日が、来ることを


私は信じている。

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