見出し画像

その抜け感メイクは時代劇に必要か?

 私は毎日メイクをする。毎日時代劇を見る。民放から時代劇の放送が無くなって早10年以上。私が見るほとんどの時代劇が過去の作品だ。なかには70年以上前の作品もある。そして、それらを見るたびにこう思うのだ。
「すっごいメイクしてるな…」と。

市川雷蔵はめっちゃギャルメイクなんよ

 市川雷蔵さんの儚い美貌と相まって当たり役となった眠狂四郎は、オランダ人宣教師と日本人のハーフ。その出生の秘密から虚無感と残酷さを併せ持った孤高の剣士だ。冷たい流し目が女たちを惹きつけ、狂わせる…その流し目は、ギャルのような極太のアイライン=目張りから放たれていた。
 
 年齢がバレるが、私が初めて「眠狂四郎 勝負」を見たころ、時代はギャル文化全盛期だった。eggやpopteen、小悪魔agehaなどのギャル雑誌が月に何冊も発行され、表紙モデルの小森純や益若つばさが極太のアイラインに毛虫のようなつけまつげを三枚重ねてつけていた頃だ。
 私はギャルになりたくてもその手のことに疎く、とうとう今日までなれなかった。が、憧れのギャルモデルたちが載った雑誌を見るのは好きだった。だからこそ「市川雷蔵ってめっちゃギャルメイクじゃん…」と思ってしまった。

ビフォー・アフターの差こそ、ギャルメイク

 市川雷蔵=ギャルメイク説は、そのすっぴんとのギャップでも見て取れる。皆さん、雷様のすっぴん見たことある?どこにでもいそうな人である。すれ違ってもわからないかもしれない。それがひとたびメイクをすれば、絶世の美剣士に生まれ変わる。
 ギャルメイクが流行った一因に、「このメイクをすれば誰でもギャルになれる」という要素があった。すっぴんにどんな難があろうと、とにかく塗って、描いて、盛ってしまえば猫も杓子もギャルになれた。ギャルメイクはただの化粧ではない。変身であり武装だった。つまり、ギャルは強い。眠狂四郎も強い。強さは目に宿る。時代劇のヒーローの目張りがいかに重要な役割を果たしているか、化粧をする現代人ならなおさらわかるはずだ。

高画質対応すっぴん詐欺メイクへ

 時代劇におけるメイクの重要性は上述のとおりだが、流行の移り変わりが激しいのもまた事実。昨今、女子の間でもはや常識とされているのが「抜け感」に重点を置いたメイクだ。ファンデーションは塗りすぎずつややかに、アイシャドウは丁寧にぼかして、マスカラは明るい色で、アイラインは目尻だけにさりげなく、リップは血色感を大切に…。わかりやすく言えば、すっぴん詐欺に近いメイクである。バサバサのつけまつげや極太のアイラインなんてもってのほか。今どき、頑張りすぎたばっちりメイクはダサいのだ。(でもおじさんたちって一定数ギャル好きがいるよね)
 
 時代劇でも、その傾向は見て取れる。特にハイビジョンなどの導入で画質が飛躍的に向上した近年の作品では、メイクもどんどんナチュラルなものになっていった。フィルムのころは違和感がなかった厚化粧が、世界観の妨げになる。キャバ嬢と見間違うような濃いメイクの町娘、なんてとっくに絶滅してしまった。あのコテコテのメイク、私は好きだったんだけど…。

その抜け感メイクは本当に菅野美穂の良さを引き出せたのか

 個人的にもったいないなぁ…と思ったメイクがある。映画「仕掛人・藤枝梅安」で菅野美穂さんが演じたおもんの“幸薄いにもほどがある”メイクだ。仕掛けの下調べに来た梅安と深い仲になるのだが…端的に言うと、色気が欠けている。
 ファンデーションは薄付きすぎて肌つやが無く、唇もほぼノーメイクで血色が無い。抜け感というより、全部抜け落ちている。夫と死別し、子供を実家に預けて料亭で仲居をしているなかなかの苦労人という設定を踏まえても、ひどくみずぼらしく見えてしまう。あの時代だってそれなりの料亭の仲居ともなれば、紅くらい差したのでは…?
 何より、しぐさや声をさておいても、思わず抱きたくなるような色気が無い。いくら菅野美穂さんがいいお芝居をしていても、ここまで幸薄そうだと梅安が手を出したことへの説得力が無いのではないか。

モテメイクに勝るものなし

 紅を差すと言えば、コロナが蔓延する前は唇に重点を置いたメイクが流行した。2018年ごろには唇を染め上げることで色落ちしにくいリップティントという口紅が登場。アイメイク重視の時代から、顔色を明るく見せる傾向に変わっていった。
 結局のところ、戦闘力高めのギャルメイクよりもキスしたくなるモテメイクのほうが「男ウケがいい」ということに尽きると思う。
その点、同じ「仕掛人 藤枝梅安」でも渡辺謙版で美保純さんが演じたおもんは私のお気に入りだ。ふっくらとした唇がとてもセクシーで、健康的な魅力がある。端的に言えばなんかエロい。この「なんか」のニュアンスを作るのがメイクだと思う。
 
 時代劇のメイクも、毎日のメイクも、結局大事なのは時代に合った説得力だ。でもたまには、少し太めのアイラインで強い私になってみようかな。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?