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罪悪感 for プラスチック

最近、プラスチックを使うことへの罪悪感に襲われる。それも、割としばしば。割と頻繁に。

環境問題が世界的に問題になっている(というか、昔から問題だったのだろうが)。温暖化問題、海洋ゴミ...。それに合わせて、まず周囲からプラスチックのストローが消えてきた(「消えてきた」のであってまだまだ「消えた」わけではない)。

正直、わたし自身は環境問題に関して意識低い系の人間だ。もう20年近く前の大学時代、当時まだ記憶に新しかったCOP3(地球温暖化防止京都会議)について、それをめぐる各国の駆け引き含めかなり詳細に調べた経験があるにもかかわらず、なんというか、環境問題はずっと「自分の琴線に触れるものではなかった」のだ。

しかし、最近のニュース、それに関する世界の動きを見ていると人ごとではいられなくなってきた。真に地球環境を憂いて、というより、世界のスタンダードを意識して、という日和見な感じは否めないのだけれど。

日本は割と古くから分別回収やリサイクルが進んでいる国だが、そもそもそのリサイクルも、プラスチックを燃やして燃料にしているという意味らしいし...。

カフェでアイスコーヒーを頼んで、当たり前のようにプラスチックのストローがついてきたとき。

マイボトルを忘れて、ペットボトル飲料を買ったとき。

残りもののご飯にラップをかけるとき。

「あぁ、これってよくないよね」と思う。そして罪悪感に見舞われる。まだまだプラスチックに頼っているわたしの日常。

「100%完璧に行動するひとが3人いるより、20%行動できるひとが100人いるほうが社会的なインパクトは大きい」

↑これは、わたしが最近大事にしている言葉。なので、完璧を目指さずともせめて20%の行動で環境問題を気にかけるひとになりたいなと思っている。

#日記 #エッセイ #環境問題






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